時刻は夕暮れである。西の空にもうじき日が沈む。薄紫と金色の光が揺れいで、今日の太陽の死を知 らせる。東の空には既に夜がやってきている。
 夜が来れば東の海で月が生まれだす。それに間に合うように、急がなければ遅れてしまう。
 博士は舟をこぐ。舳先は東を向いている。月が生まれる海に向かって舟をこぐ。
 世界は巨大な皿である。海のスープは豊潤な群青色である。栄養素の豊かな海から月が生まれる、月 は死者の居住の地である、青白い月光は死者の魂の光る色だ。母の魂はきっと美しい月色である。
 船は東へと急ぐ。月が生まれ出る瞬間に、博士は月に飛び移るつもりである。日が沈む、夜が来る。
 ふと、博士は櫂を漕ぐ手を止めた。船の先端部分の下、海面の下に、何か見えた気がした。青白い光 が、幽霊色の光が、見えた気がした。丁度月に良く似た光だった。少なくとも、博士には見えた。
 月を見つけた。博士は、笑った。