『―――――君は、何故、人を殺す?』
 

 
ああ。
 
嬰児、君はまたそんな事を聞くのか。
 
君は、いつも残酷だな。
 
僕が答えられない事を知ってて、それを聞いているのか?
 

 

 

 
答えられる訳、無いじゃないか。
 
僕が、真実を言えば。
 
君は、また、
 
あの時みたいに、
 
壊れてしまうだろう?
 

 

 

 
僕は、もう。
 
君が壊れてどうしようもなくなるのを、黙ってみているだけなんて、そんな無力は嫌なんだ。
 
僕は、あの時ほど子供ではない。
 

 

 

 
君は、それでも聞きたいというのか?
 
全く、君は、本当に僕の事なんて考えてくれないな。
 
それじゃあ、仕方無い。
 
君が真にそう望むのならば、僕は君に伝えよう。
 
僕の、殺人の理由を。
 
君だけに。
 

 

 

 
聞いてくれるかい、嬰児。最後まで。
 
それは―――――
 
























Something else ――――――― 3rd
 
























唐突に、目が覚めた。
 
しばらくの間、意味も無く視線を天井に彷徨わせて、思考停止。
 
どうも、自分はついさっきまで眠っていた、らしい。よく分からないが、感覚的に寝呆けている気が するから。
 
はっきりしない意識を引きずって、僕は寝返りをうった。
 
にしても、頭が重い。
 
脳が重い。
 
動きたくない、と思う。
 
何かとてつもなく疲れた気がした。
 
眠る前、何をしていたんだっけか。
 
天井の一点の染みを見つめながら、惰気のままに考えを巡らす。
 
ぼんやりと、瞳を開けたまま眠るような時間が過ぎる。
 
意味があった訳ではない、ただ何とはなしに腕を見た。
 
見て、ぎょっとする。
 
そこには掻き毟ったような傷痕があった。血が腕を伝うほどの深い傷。
 
それを見て、ようやく思い出した。眠る前の、正しく言えば気絶するように意識を失う前の出来事。
 
ついで、嬰児の事も。
 
一気に覚めた目でもう一度傷だらけの腕を眺めて、少し考える。
 
僕にとって、傷が残る事自体は慣れた事だった。が、ここまで派手な傷が残っていたのは初めてで。
 
さらに言葉を重ねるなら、何が僕をそんなに駆り立てたのかも、自明の理で。
 

 

 

 
根拠は無い、だけど。
 
こんな風に病んだ、共依存のような関係がいつまでも続くわけは無いんだろう、と。
 
目の前に差し迫った事実として。
 
漠然と感じた。
 
























しかし、この傷。
 
風呂に入れば染みるだろうなー……
 
そんな風な見当違いな事を考えながら時計をみると、時刻はすでに日付変更線をとうに過ぎた午前二 時、丑の刻。
 
体を起こし、軽く頭をふる。死んでいた理性が目を覚まして呼吸する。
 
何にしても、このままうだつのあがらない自問を繰り返してばかりもいられなかった。
 
考え続けているうちに、せっかく固めた決心が鈍りそうだった。
 
人殺しの人でなしになる決心が。
 
鈍ってもらっては困るのだ。
 
自分自身の為に―――――誰より嬰児の為に。
 
鈍るなんて事は、絶対に。
 
ならばこの心を保つ為にしなければならない事はただ一つ。
 
机の一番下の引き出しを開け、ハンカチに包まれた物体を取り出す。指先にあたる硬質な感触と冷た い手触り。
 
冷静な手つきでハンカチを取り払った。その中身は、窓の外の街灯を反射させてギラギラ輝く ―――――抜き身のナイフ。
 
愛用の殺人道具……この刃はもう何人もの犠牲者の血を吸ってきた。
 
―――――この心を保つ為に、しなければならない事。ただ一つの。
 
決心が錆付いてしまわないうちに、出来るだけ多く―――――正常な思考の麻痺するまで、取り返しが つかなくなるまで、人という名の生きものを、殺して殺して殺し尽くす事。
 
持ち手をきつく握る。乾いた血がこびり付いたつかは、確実に僕の体温を下げてくれた。
 

 

 

 
さぁ、行こう。
 
殺戮の時間だ。
 
目につく者は、皆殺せ。
 

 

 

 
そうして、冷たい金属だけを持ち。
 
僅かな高揚と、多大な不安感を胸に。
 
僕は、真夜中の街へと狩猟に出かけたのだった。
 

 

 

 
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