さて、日本というのは兎角平和な国であるらしい。
 
それは、日本どころかこの関東圏からすら脱出したことの無い僕には比較対象の分かりかねる話では あるが、終局日本というのは平和な国だという。
 
命懸けの戦争も不条理極まりないテロも無差別な地雷も無く、世界にはこびる食糧難も一撃必殺 の伝染病も街に溢れるストリートチルドレンも存在しない。
 
畢竟、日本は平和である。
 
では、日本人は人災的な生命の危険に晒される事は無いのか。
 
事故や災害ではなく、人災の餌食になる可能性は真に零なのか。
 
そう問われたならば、その設問の回答は否、である。
 
他国とそれなりに友好的な関係を築き、経済大国に成り上がり、しかしながら尚、我々は常時生命の 危機に蝕まれているのだ。
 
追従。では人災的生命の危機とは何か。
 
それは。犯罪、である。
 
犯罪。
 
殺意、殺人鬼、そういう種類の物だ。
 
即ち人間の人間による殺人行為だ。
 
人欲のおもむくがままの破壊攻撃だ。
 
そして、それこそが現在日本国を恐怖に陥れている存在でもある。
 

 

 

 
さて。
 
いよいよ話を本題に移そう。
 
今、日本を震撼させている恐怖の殺人鬼について。
 
即ち、『彼』について――
 
『彼』は、猟奇殺人を生業とし、日本国における唯一の大量無差別殺人犯であると言われる。
 
『彼』はすでに八人もの獲物を屍り、目下次なる犠牲を求めて彷徨っている最中にある。
 
『彼』はその残虐な殺人手法と残酷な殺人現場から、俗に“血染めの男”と呼ばれたり“真夜中の狂 人”と語られたり、その呼称は実に多種多様。如何に国民がこの事件に感心を持っているのかが分か る。
 
人にして人に非ず、人道に背き鬼畜を知る、悪逆無道の『彼』。
 
『彼』は昼の名を鷹塔亞澄という。
 

 

 

 
つまるところ。
 

 

 

 
僕が、『彼』であるという事。
 
























Something else ――――――― 2nd
 
























家に帰ってからも、嬰児の言葉が忘れられなかった。
 
問い掛けが、耳を離れない。
 

 
『君は、何故―――――』
 

 
あの目だ。
 
嬰児の、心の底まで見透かしたような、僕を哀れむ―――――あの、目が。
 
僕の本性を見抜いているのではないかと、不安で。
 
ぎり、と奥歯を噛み締め、目をきつく塞いで、それでも目蓋の裏に浮かぶ、あの自分を責めるような 目はけして消えず、恐怖して。
 
……この感情は、怯えだ。
 
自分は怯えている。
 
たった一人の理解者に見捨てられるのではないかと、怯えて。
 
裏切り者は、自分だと言うのに。
 
最初に欺いたのは、
 

 
自分だと言うのに。
 

 
『亞澄―――――』
 

 
不意に肩越しに囁かれたような気がして、でも振り返れば誰もいない。
 
限界を越えて脈打つ心臓が、痛い。
 
―――――幻聴までもが、僕を苦しめる。
 

 
『亞澄―――――』
 

 
「五月蝿い!」
 

 
耳の奥にこびりつく囁きを振り払うように声を張り上げた。
 
嬰児の、あの目が、声が、僕を責め立てる。
 

 
「黙れよ…頼むから……」
 

 
手の震えがとまらない。
 
昔からの癖だった。心のバランスがとれなくなると途端手が痙攣しだす。
 
老人のように、瀕死の病人のように、細かく、徐々に大きく、痙攣は、止まらない。
 

 
「…くそっ………!」
 

 
痺れるような痙攣は、徐々に激しく、異常に。
 
かたかたと震える指先を抑えつけるため、両手で自分の肩を握り締めた。
 
強く、強く。
 
早く、治まれよ…!
 
爪の間から血が滲んで、両の手を赤い物が伝い、それでもまだ痙攣する手を傷つけて。
 
頭が割れそうに痛んで、朦朧として。
 

 

 

 
ふらり、と身体が倒れて。
 
そのまま、意識が何処かに飛んでいくのが分かった。
 

 

 

 
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