「此処は天使の見守る奇跡の都だ」
彼はそう呟いて、盲目の目で街を見下ろした。
屋根の低いこの街ではあらゆる建造物はキリスト教遺跡よりも頭一つ低くなるよ うに作られている。そして、多くの遺跡の頂点には天使像が配されている。故に 、今私と彼がやっているように、高いところから見下ろすと都中に天使の白像が いるのを見ることが出来る。それはまるで天使が街を見守っているようだと彼は 言う。
彼の熱心な口吻に私は反抗心を燃やし、つい厭な事を言ってしまう。「盲目の人 が、いったい何を見ることが出来るの。」「目は見えなくても、この光景なら目 に焼き付いているさ」彼は微笑する。
見様によってはそう見えなくもないのだ。二頭立ての戦車で槍を振りかざす天使 像もいれば穏やかな微笑で剣を捧げる天使像もいる。その様子は外敵の侵入あら ば突き殺してしまおうとしているように、見えなくもない。
けれど、私はそうは思わない。
「見守っているなら、何故この街はこんなに犯罪者が多いの? どうしてこんな に貧富の差が激しいの? おかしいじゃない、キリストは人間は皆平等だと言っ たのに」
街中を歩けばすぐに分かる。ここはスリと物乞いの街だ。きらびやかな装飾の裏 には大勢の貧者がいる。私は時々、彼らを見かけるたびに、その矛盾に耐えられ ない思いを抱く―――涙を流して縋りつく貧者を、神は容易く見捨てるのに、と 。
彼は心静かに笑みを浮かべている。まるで聖職者みたいじゃないかと思い至って 、吐き気を覚えた。彼は神を信じていなかったはずだ、目を病む迄は。盲目にな る迄は。
「神はいるよ。我々を御覧になっている。時に試練を与え、時に安らぎを与え、 我々を生かしておられる。どこにも矛盾などないよ」
目眩を感じた。ああ、彼は狂ってしまったのではないか。この街はけして神の都 などではない、人間の作った歪な天外境だ。見守る天使は長の年月に色褪せくた びれている。そんな古びた槍では折れてしまうしそんな錆びた剣では刃こぼれし てしまう、いずれ役にはたつまい。何故貴方はそんなに優しく笑うのか、この街 には神などいないのに、人間しかおらぬのに、何故貴方は神のように微笑むのか 。
此処から見える、天上を指差す天使像の微笑み、あれと彼のは似ていると私は思 う。ただ口には出さない………言ってしまえば、彼がこの世の物でなくなる気が する。彼は一切敵意を感じさせない笑みで私を見つめる。その曇った目が私は厭 でならない。あの盲目の瞳には彼がいない。