イカロスはどんどん高みへと昇っていきます。海面に映る自分の姿は翼を備えているので、まるで 天使かなにかのようです。イカロスはそんな自分の影の形に陶酔してしまい、気分が良くなって、 更に高く飛び上がります。
 海面すれすれに飛ぶダイダロスは気が気ではありませんでした。何故なら、どんどん高いところへ と昇っていくイカロスの姿は、ダイダロスの場所からはもう胡麻粒ほどの大きさにしか見えなかっ たからです。頭の良いダイダロスは、蝋の翼の欠点をイカロスに教えていなかったことを後悔しま した。この翼は、蝋燭を溶かして固めて出来ているので、あまり太陽に近づきすぎると、熱で蝋が 溶けてしまうのです。溶けた翼では空を飛ぶことは出来ません。墜落してしまいます。
 イカロスは、青い空と輝くお日様に魅せられて、自分がどれ程の高度を飛んでいるのか気付いてい ません。雲の隙間から差し込む光が、イカロスを惹きつけてならないのです。

 とうとう、ダイダロスの目からは、イカロスの姿が見えなくなってしまいました。ダイダロスは一 旦飛ぶのをやめて、その場で空を見上げました。すると、その頬に、何か液体が落ちてきました。 触ってみると不思議に温かく、匂うと、蝋燭の匂いがしました。
 ダイダロスは青ざめて、空を見上げました。イカロスの姿は、何処にも見えません。でも、蝋が空 から降ってきたということの意味はただ一つです。
 ダイダロスはじっと空を見つめました。イカロスが何処かから現れるのを願って、イカロスの飛行 姿がどこかに見えやしないかと、老いた目を凝らしました。

 けれども、イカロスは、二度とダイダロスの前に現れることは無かったのです。