子供たちは、成長して大人になった。
 バットで胸を殴られた子供は、二度と目覚めなかった。あれが、子供たちにとって最後の失神ゲームになった のだった。誰も、再び、ゲームをしようと言い出すものはいなかった。
 ある時、大人になった子供たちの同窓会が行われた。皆めいめい大人になって、酒を酌み交わし、話は盛り上 がり、ふと一瞬全員の会話が途切れた瞬間に、誰かがぽつりと言った。

「あの子の、名前はなんていったっけ」

 失神したまま目覚めることの無かった子供、今はもういないあの子供の、名前は。
 大人たちは、全員顔を見合わせた。皆がざわめく(なんだっけなぁ)(思い出せない)(い、が付いた気がす るんだけど)(誰か分かる人いる?)

「みんな、ほんとに覚えてないのか」

 そういったのは、あの時、バットを振った子だった。信じられない、とでも言いたげに目を見開いて、かつて 子供だった大人は、言った。覚えてないのか。あんなにみんなで遊んだのに。
 追い詰められた獲物のようながつがつとした光を浮かべていた。

「俺は、一度も忘れた事は無い。今でも夢に見るよ。俺たちが殺した子だ、忘れるなんて俺が許さない」

 その大人の、鬼気迫る表情に、まわりの大人たちは何もいえなかった。自分たちは子供の名前を忘れてしまっ たのだ。口出しすることは出来なかった。

「一緒に、あんなに遊んだだろう。あの子は一等失神から覚めるのが上手かった。俺たちはみんな多かれ少な かれ、失神から覚めると気分が悪くなったり吐き気がしたりしたけど、あの子はそんなことは一回も無かった 。それに、あの子が一番胸を殴るのも上手かった。あいつにやってもらったらさめるときに気分が楽だって、 俺たちみんなあの子を取り合いしたじゃないか。失神ゲームの、リーダーだった。だから、栄えあるバットの 失神の第一回目を、あの子にあげようって話になったんじゃないか。あの子は、失神の天才だった」

 バットを振った大人は、顔を歪めた。両手で目元を覆って、項垂れた。

「バットで殴ったら、あの子のやらかかった胸が、べこっとへこんだ。俺は、おかしいなと思ったんだ。変だ なって、でも、誰かがでかい声で成功だ、って叫んだから、そんなもんかと思って、何も言わなかった。俺は 、いちばん近い場所で、失神したあの子の血の気が引いていくのを見てた。真っ白になって、真っ青になった 。俺は怖くて触れなかった。みんな、変だと思っただろう。あんなに目が覚めないのは、変だっただろう。普 通数分で起き上がるもんなのに、あの子は、あのまま死んだ」

 誰もがしんとしていた。誰もがあの時の記憶をよみがえらせていた。
 それでも、残りの大人の誰一人、子供の名前を思い出せなかった。

「俺、最近よく夢に見るよ。バットで殴って失神させた後、ずっと見てると、あの子の目がすうっと開くんだ 。俺は仰天して、周りの奴らに『生き返ったぞ!』って言いたいんだけど、声が出ない。そしたらあの子が、 寝転がったまま俺の方を見て、言うんだ。悪いけど、俺は一抜けるから、つれていけなくてごめんなって、言 うんだ。周りの奴らは誰も気付かない。俺だけが、あの子の言うことをじっと聞いてるんだ。俺は、そんなこ と言わないで連れて行ってくれ、頼むから置いていかないでくれって言いたいのに、声が出ないんだ。咽喉を 押さえつけられてるみたいに、声が出ないんだ。俺は連れてってほしかった、一緒に、空に連れてって欲しか った。でも、あの子はほんとごめんって言って、一人で行っちゃうんだ」

 いの付く名前の子供に置いて行かれた大人たちは、無言で、じっとバットを振った大人を見つめていた。大人 たちにはもう泣き出すことも出来なかった。