歌声がやみ、バイオリンの音が最期の音を奏でて、それから親友は咽喉をそらして上空を見上げ、指差した。マフラーから垣間見える咽喉は病的に白く、寒そうだとウィトゲンシュタインはちらりと思った。
「見てごらん、ウィトゲンシュタイン、空を」
それでウィトゲンシュタインも咽喉をそらして上を見た。空には月があった。氷を指先の熱で暖めながら球状にしたてあげたようだった。
「とても、きれいだ」
彼の唯一の友はそういった。それがまるで自分の心情を表現したかのような科白だったので、ウィトゲンシュタインははっとして彼の顔を見た。「そうだね」としか言えないのだと気づいた。それ以外に何が言えるだろう、今二つの世界が同じ目を共有したのだ、それ以外に何が言えるだろう。「本当にそうだ。とても、きれいだ」