私は毎日、法廷でヒステリックな声を上げて厳格な断罪を要求するパトリック判事の声を聞いていて、死にたい気分になるのだ。
 ミスター、不思議な事態だと思いませんか。世界中に別々の言葉を話す人間が六十億居て、そのそれぞれがどうにかして幸せに生きていたいと思っていて、けれども誰かが幸せになるためには誰かが不幸せにならねばならないので、私達は限られた幸福の玉座を獲得する為に日夜醜い闘争を繰り広げねばならないのです。私達は戦っています、日々自分ひとりの幸福の為に戦っています、けれども誰一人戦いを望んでいる人は居ないのです。ただ自分を幸福にしてやりたいだけなのです。不思議だと思いませんか、こんなに世界に繰り広げられている戦争は、誰一人望んではじめたものなど、いないんです。私達はただ玉座に座りたかっただけだったんです。
 金輪際、戦争はこりごりだといいながら、自ら法廷で戦いの種をばら撒いている、あなたの姿とそっくりです。
 私は今立派な靴を履いている。黒革が光沢を放つ、高価な靴だ。沼に沈んだり校門の柱に大きな穴を開けられたりした靴の持ち主が流した涙のせいで、この靴はとても立派だ。パトリック判事は知らないだろう、自分の靴がどうして美しい照りがあるのかなど、考えたこともないだろう。
 全員の有罪を、死刑執行の鎌を握っているのは、パトリック判事、あなたであり、私であり、そしてこの裁判の高台に連なる国の全てです。私はもう、殺すのは飽き飽きしている。やめましょう、こんなくだらない、玉座争いなんてもう、止してしまいましょう。ご存知でしょうかミスター、私達は生まれた時から誰一人見方の居ない戦場に一人ぼっちで突っ立っています。けれども、この兵士達は、人間であるがゆえに、敵兵と手を繋ぐことが出来るんです。手を繋いで、バベルタワーのせいで粉々になった言葉を必死でつむいで、挨拶を交わす事だって出来るんです。