パトリック判事は、血の気の引いた顔で、被告全員の死罪を主張している。彼は理解しているのだろう、今ここで、彼が極刑を求めることは、即ち婉曲的な殺害だということ。殺し殺され、奪い奪われ、見下し見下され、そういう世界中の戦闘の延長線上の行為でしかない。彼は刃を握らない、銃を撃たない、ミサイルのボタンを押さない、けれども、言葉で人を殺す。
 やったらやりかえすのです。殺されたなら殺し返さねばならないのです。ご存知でしょう、各国代表判事の方々、あなた方なら私などより、よく、知っていらっしゃるでしょう。私はもう二度と戦争などしたくないのです。あなた方も、同じでしょう。そういった言葉を聴いた円卓の人たちは、恐れと反感を閃かせて、私を睨みつけた。痛烈な皮肉と批判として受けとめたからだ。誠実に理解を求めただけのつもりだったのだけれども。
 世界の戦闘の原理に則って、パトリック判事と各国代表判事は、勝者から敗者へ、大きな罰を着せ掛けようとしている。それは、神様だけに許される行為です、ミスター・パトリック。勝った側は何をしても良いのだ、負けた側は甘んじねばならないのだ、そういう法則に則って、あなたは死刑を下そうとしているのでしょう。でも、御存じなんでしょう、ミスター、二度と戦争を嫌うあなたのその行為は、戦争とおなじことをしています、あなたは法廷で戦争をしているんです、戦っているんです、たった一人で、全ての人間を敵に回して、勝者の刃を振り回して。
 それはとても哀しいことなのだ。私は思う、それは、辛く厳しいことだ。あなたはまるで、サン・バルテルミーでたった一人か弱い体で立ちすくみ恐ろしさで震える指を必死に銃のトリガーに絡み付けている、重圧と恐怖で押し潰されそうな、そういう少年のようです。勝者の優越を振りかざして、敗者のこめかみを踏みにじろうとしている、あなたの行為を見ていると、可哀想に思って、私は涙をこぼしたくなります。
 二度と戦争など起きるなと思っている、そんなあなたのやっていることは、法廷で再び戦争を巻き起こしているのと同じです。あなたは、哀れだ。必死で一生懸命、二度と銃を握りたくないと思いながら焦燥感に駆られて懸命にあがいている、あなたの姿を見ていると、私は、二週間後に自分が死ぬことも知らず全力で鳴き声をからしている蝉を見ている気分になります。もういいから、頼むからもう止めてくれと、泣きつきたい気がするのです。
 誰ももう戦争などしたくないのだ。戦うのはもうごめんだと思っている。世界中の全ての人間が、たった一人で、背筋に氷を押し付けられたような恐怖と戦いながら、残りの全ての人間と敵対している。誰も信じられずに、猜疑心を瞳に貼り付けて、少しでも自分に近づくものは全員殺してしまおうと、体を硬くしている。同じ星に生まれて、同じ時を生きて、同じ土を踏んでいるのに、全ての人間は疎外の中に生きている。手を伸ばせば触れ合う距離にいながら、見渡す限りの荒野に一人で立ちぼうけのようにして、身をすくませている。とても寂しい。
 手を繋ぎたいのだ。それから、言葉を交わしたい。銃を突きつけあうのはうんざりしていて、だから武器を投げ捨てて世界中で手をつないでパレードをしたい。人種も国境もバベルタワーに引き裂かれた言語も知ったことでない。あげつらう差異や、許せないほどの隔たりや、自分と違うところにばかり目を向けて針でちくちく刺しあうようなのは、もうこりごりだった。