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 それで、私に縁談がまとまって、気付いたら祝言をあげていて、ふと横を見たらあなたが空っぽな顔をして詰まらなさそうに床を眺めているんです。生きているのか死んでいるのかさっぱり分からない人だと思いました。若いのに覇気がない。生気がない。目に力がない。何事にも興味が無さそうで、隔絶していて、その癖何もかもに怯えているような感じがする。いつの間に結婚したのか分からないままに結婚していて、でも私は別に騒ぎ立てる気にもなりません。どんな風に努力したとて、私は隣に立つ人にさえ自分の心を、満足に伝えることもままならないのです、六十億のバベルタワー、たった独り銃を握り締めるサン・バルテルミー、生きていると言う事は言葉の分からない異国に立ちすくんでいるようなものなのだと悟っていたので、私は今更何かを発言する気にもなれません。それで、誰と一緒に住んでいても、そしてその共同生活に仮に結婚と言う名前がついていたとしても、それはそれ、別に構わないと思いました。例えば、私の隣の新郎がこの人であろうと別の人であろうと、心が交わせないということに変わりはないので、ならば誰が隣にあろうと同じなのです。杯を交わす段になって、手を伸ばせば触れる距離に向き合ったのですが、私は変な違和感を覚えました。身体はこんなに近しい距離にあるのに、どうしてだか、意思と意思は月より遠くに離れている。
 それで結婚して、私はこの老人のような男の人と同じ部屋で食事を取るようになって、それで彼は女中が運んでくる私の食事にしばしば箸が付け忘れられていたり、一品足りなかったり、そしてその忘れ物を催促してもなかなか女中が持ってこなかったり、することがあるのに気付いたのです。それでなくとも私の持ち物だけよく紛失したり、部屋の掃除がされていなかったりしていました。彼はそれをなぜなのかと私に問いました。それは私に悪い癖があって、それ故にこれまで中々片付かず、立場がなかったからだと言いました。悪い癖とは何なのかとは、尋ねてきませんでした。私も言わなかった。どうせすぐ知れることだからです。黙って食事をとりました。
 結婚しても、打ち解けることがありませんでした。どちらにもその気がなかったからです。私も彼も、どちらも狼が兎を食らうような戦場で交わす言葉がどれだけ空疎か身に沁みて承知していました。彼はいつも空ろで、諦めたような目をしていて、きっと私も似たようなものだったろうと思います。二人とも、もう疲れていたんです。
 一つ器に入れた二つのビー玉がこつりこつりぶつかるのに似ていて、少しも相容れず理解しあえることもなく身体だけが同じ部屋で過ごしていただけの、そういう生活に終止符がつき、お互いに歩み寄りがなされはじめるのは、存外早いものでした。私の言うところの悪い癖が見つかったときです。夜になると首が伸びて、とん、とん、とん、と天井に頭をぶつけたがる、私の悪い癖が見つかった時です。私が寝ている間に、ろくろ首みたいに首だけがぬぬぬと伸びて、頭で天井を何度もこつこつとやりたがる、私の不気味な悪癖が、目を覚ましたあの人に見られたときです。