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「俺は自分の死体を埋葬してから、ずっと思っていたんだ、俺は生きているのか死んでいるのか。あれは本当にかわいそうな死体だったよ、道路のど真ん中で発作に襲われてさ、胸を押さえて苦しんでいる間に、向こうからトラックが走ってきて、そのぐるぐる回る巨大なタイヤに轢かれて、死んでしまったんだ。顔は真っ青で、唇は紫色だった。耳や花から真っ赤な血が流れ出て、細い河を築いていた。手足は変な方向に曲がって、操り人形のピエロみたいだった。人間はみんなこんな感じなんだと唐突に思った。誰かが、空の高いところから、透明な糸をたらして操っている。
 俺自身はその現場を見ていたわけじゃないんだ。親友が見てて、それを俺に教えに来てくれた。兄弟の契りを交わしているんだ。あいつの言うことなら俺は信じたい。信じるよ。親友も、ひどく青い顔をしていた、おまえが死ぬところを見ちゃったんだ、って言ってさ。震えていた。俺は現場に走って死体を見た、そうしたら、確かにそこに自分の身体が死んでいたんだ。変じゃないか。おかしいじゃないか。俺はここにこうやって大事無く生きているのに、俺の身体はトラックに轢かれて紫色の唇で死んじまってるんだ。それでも目の前に死体があるから、俺は悲しくなった。寂しくなった。親友は俺の隣に立って、肢体から微妙に眼を逸らしながら手を合わせて念仏を唱えていた。俺は自分の死体を抱え上げて、親友にきいたんだ。ここに俺の死体があって、なのにその死体を抱え上げてるのも俺で、じゃあ俺は誰なんだ。本当は誰なんだって。親友は哀れむような蔑むような目をして、何言ってんだおまえ、って言ったよ」
 彼の新妻は何も言わずに静かにその話を聞いていた。口を閉ざして、けれども瞳がとても真面目だった。彼が自分の死体を抱え上げたとき、彼の妻はまだ彼を見知らぬままだったからだ。新郎の過去を知るには、彼が話してくれるのをただじっと聞いているしかなかった。
「俺の身体を埋葬した。冷たくなったのを、穴を掘ってその中に埋めて、親友と一緒に手を合わせた。それから俺はきっと頭がおかしくなってしまったんだ。毎日部屋の隅に座って、窓の外を眺めながら過ごした。時々親友がやってきて俺の隣に座っていた。俺はじっと外を見つめていたんだ。外では色んな人が歩いていた。杖を突いたおじいさん、制服を着た女の子、おなかの大きな妊婦、スーツを着た男、背中のまがったおばあさん、連れ立った主婦、小さな子供が何人も駆けていったり、疲れた顔をして身体を引きずりながら歩いている人や、沢山いたんだ。でも俺には分からなかった。それで、親友に聞いたんだ。あの人たちは一体何をしてるんだ。どこに行くんだ。何者なんだ。親友は飲み込めない顔をして眉間に皺を寄せていた。俺はいまでも分からない。あの人たちはどこに行きたかったのか、何をしたかったのか、それに、一体誰だったのか」