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 私は生まれた。私はあらゆる人間であり、世界のあらゆる場所あらゆる時に生きた。私はナポレオンだった。マザー・テレサだった。毛沢東だった。ジャンヌ・ダルクだった。ジョージ・ワシントンだった。聖徳太子だった。キング・アーサーだった。始皇帝だった。ネアンデルタール人だった。ジョン・レノンだった。スターリンだった。チェ・ゲバラだった。坂本竜馬だった。タージマハルだった。ゲーテだった。フロイトだった。ムッソリーニだった。アメリカ大陸に生きた。アジアで呼吸した。アフリカ大陸で夜明けを見た。ヨーロッパで笑った。私は世界のどこにでも居た。幾度だって夏を経験したのだ。
 何度も人の死を見てきた。老若男女、老少不定、数え切れない誕生と数え切れない死があって、赤ん坊はいつも生れ落ちて号泣し、老人は静かに心臓を停止させた。何本指があっても足りないほど多くの人間が、このたった一つきりの惑星で、生まれて、生きて、死んだのだと言う厳粛な事実に、私はいつも眩暈がする。その全ての人に家族があり、友人があり、夢や理想や希望があり、絶望や恐怖や諦観があった。恐ろしいことだ。素晴らしいことだ。考えられないことだ。
 私は世界中のあらゆる場所で、たった一つの疑問を気の遠くなるほどの回数、問うた。即ち、私はどこから来たのか。どこへ行くのか。私は誰なのか。あるときは真剣な顔で、あるときは泣きながら、あるときは笑いながら、怒りながら、溜息をつきながら、繰り返し繰り返し何度だって問うたのだ。その時死出の道へと旅立つ人は、言った。私は、故郷からやってきて、故郷へ帰る。そして、私は、誰でもない。そう言いながら、何も欲しない人だけが浮かべることの出来る静謐な微笑で、死んでいったのだ。