東京裁判判事団で、その時私はインド代表判事パールであり、パトリックを哀れみの目で見つめていた。彼は青白い顔をして、張り詰めた表情で、白くなるまでこぶしを握り締めていた。誰の目にも健康を害していることは明らかで、けれども誇り高いイギリス人は、髪の毛一筋乱していなかったし、ピンと伸びた背筋を少し緩やかな角度で妥協させることも許さなかった。私はまだ若く、彼は病みそして年老いている。
 イギリスで起きた事を知っている。ヨーロッパで起きた災禍も知っている。蹂躙と殺戮と相克と、長い間のしのぎの削りあい、どれも気持ちの良い言葉ではない。長い長い戦いがあった。世界中が戦場だ。いつだって戦わねばならない。誰かが立っている為には誰かの犠牲が必要だ。足場を築く為には先に立っている誰かを殺さねばならない。不信の時代の到来。パトリック判事は、そういう時代に生まれた子供だった。
 彼の眼差しの先を知っている。それはニュルンベルクに向いているのだ。ヨーロッパの殺し合いに終止符を打った会議で、彼の本国を含む勝者の国は、負けた国に重い罪を課した。買った方から負けたほうへの断罪、二度とこんなことをするなという脅迫、そういう種類の。こういうことだ、つまり、もう二度と戦いたくないから、喧嘩を売らないでくれ、もう沢山だ、沢山だ、殺したり殺されたりはうんざりだ、一度負けたんだから反省してくれ、頼むから二度とこんなことを巻き起こすな。俺の強さを知っているなら。
 一度、廊下ですれ違ったパトリック判事の肩を叩いて、言ったことがある、「知っていますか、罰を下せるのは神さまだけだというのを」。彼が真っ青な顔をして信じられないものでも見るような目でこちらを見たので、弱いものいじめでもいるような気分になって、すぐにその場を立ち去った。