父は最期を飛行機の操縦席の中で迎えた。たった一人で、窓の外の満天の星空をみながら、墜落して死んだ。凍えるよう に寒かっただろう。美しい夜空を、綺麗だねと言って共感しあう一人の友も持たずに、孤独の中を墜落していった父の最期 はとても象徴的だ。
 父は言葉を信じることをやめた。それは同時に他人を信用することをやめた瞬間でもあった。どれほど言葉を尽くしても 他人には何一つ伝わりやしないのだと言って、父は詩作の筆を折った。だから墜落の時も言葉を語ろうとはしなかった、彼 は言葉を完全に見捨ててしまっていた、そんなものに頼るくらいなら薄っぺらで破損しやすいプロペラを信用した方がいく らかマシだと毒づきながら。他人は敵だ。言葉は武器だ、敵を効果的に能率よく侮辱する為の。だから父は美しい星空を見 ながら、その美しさを感傷的な詩であらわそうとする努力をせず、代わりに大声でがなるように歌った。国歌を、それも自 国のではなく、敵国の。つい先程空襲してきた敵国の国歌を、誇らかに、歌ってやった。戦争も敵もなにもかもくそ食らえ 、彼は既に日常生活において全ての他人と闘争していたのだから。本当に勝利すべき相手は、たかが敵国ではなかったのだ 。全ての、世界に生きる全ての人間に彼は勝たねばならなかった。
 父はこういう風に考えていたのではないか。私達は永遠に戦争し続けねばならないだろう、侵略も略奪も虐殺も何もかも なくなることは今後一切無いだろう。何故なら私達は六十億全て誰とも言葉を交わすことも叶わず、意思を疎通しあうこと も出来ず、それゆえ誰を信じることも出来ない。サン・バルテルミーで折れそうに細い肩を懸命に怒らせ四方八方に銃口を 向けて怯えている人は、少しの物音で恐慌を起こしむやみやたらに発砲する。身を守るのに必死で、自衛の刃で誰かが傷つ くことには余りに無関心だ。機体の翼をちりちりと舐めている炎が綺麗だ。大地が近づいてくる。