そもそもが身分違いの恋だった。
ある日郵便配達の少年が貴族の箱入り娘と恋に落ちた。その娘は病弱で、外の空気の中で呼吸をすることも 耐えられなかったので、部屋から一歩も出たことが無かった。二人は窓越しに言葉を交わして、少年は硝子 窓の隙間に告白の手紙を差し込んで、それを読んだ少女は紅潮した顔で微笑んで、そうして思いを通じ合わ せた。会話は筆談で行った。キスは硝子越しだった。
貴族の少女は身体が弱かったので、よく寝込んでいた。冬の寒い日、娘は風邪をこじらせ幾日も幾日も寝込 んだ。窓のカーテンはずっと閉まったままだった。少年は毎日窓のカーテンを見つめて複雑な思いを巡らせ ていた。
娘の病はどんどん重くなっていった。風邪はこじれて肺炎になった。熱が下がらず食事も咽喉を通らなくな り、仕舞いにはベッドから起き上がれなくなった。
そうして、ある時、少年が少女の窓のところに行くと、窓枠の隙間に一枚の手紙が挟んであった。そこには 、少女の字で、こう書かれてあった。
「わたしに、くつをちょうだい」
一歩も外に出たことが無かった少女の手紙を読んで、少年は、少女がもう長くは無いことを悟った。少女の 葬儀が、その春に行われた。
一度も言葉を交わしたことの無かった二人の恋はそれで終わった。

バレリーナの軌跡
(靴をちょうだい、冥途に行く靴を、それをはいて最期に貴方に会いに行く、)