この子は泣かない。けして泣かない。生まれてこの方一度だって目に涙を溜めたことが無い。
そうしてだから、私が泣く。
いつか聞いた話、
「人間の定義が精神を保持している事なのだとしたら、その精神が身体から染み出して他の人間と共 有出来ないことも無いはずだ。」
例えば沢山居る赤ん坊のうちの一人が泣き出したら、周りの赤ん坊までが愚図り出すみたいなもので 、誰かが悲しい顔をしていたら私も悲しいし、笑っていたなら私も笑いたい。
精神は身体に収まるには大きすぎて、零れだした精神の破片が世界に漏れ出している。それを私は拾 い集めて悲しんだり喜んだりしている。
(ところが、この子は泣かない。困ったことにけして泣かない。)
私は、なのに、この子の横に居ると哀しくて仕方ない。それは、この子が本当は、
(泣きたいと思っているんじゃないのか)

「聞こえていますか」
(黙っていても私には分かる、言わなくて良いし聞く必要も無い、私には分かっ ているから、大丈夫)