私の中には永遠と世界とがある。
例えば今ここにある私は、
遥かな過去に原始人が恋の歌を交わしたことを知ると同時に、途方無い未来に宇宙人がプロポーズの交信
を交わすことを知っている。
例えば一都市東京に寓する私は、
NYの摩天楼でカクテルグラスを揺らす繊細な指先に思いを馳せると同時に、ユーラシア
の山奥で農家の娘が寝
所の床から投げ出した裸足を想像する。
私の中には永遠と世界とが存在して、絶えず私のうちで美しい情景を描き出している。私の想像のうちで
火星人の子供が火のついたように泣き出した時、メソポタミアの皇女は鈍い輝きの鏡に己の顔を見ている
。私が何かを思いついた瞬間に、永遠と世界が交錯して一つのパラレルワールドを作り出す。
人間の頭の中にはこんな風に広大無辺な素晴らしい光景が広がっている、そのことを知っている私は、人
を憎まない、蔑まない。地球の上には六十億の永遠と世界とが手を取り合っている、それを知ってしまえ
ば、一つの奇跡とも言うべき人間を無下にすることなど出来はしない。
だから、振り向き様に「ゆるせ」と呟いて私の柔らかな腹に冷たい刃を差し込んだ友を、私は憎まない、
蔑まない、
絵筆を持ち慣れた白く細い手を震わせながら、鋭く光る金属の刃を握り締めていた友を、 彼は画家だ、
彼は芸術家だ、他の人間とは一線を画した、人を圧倒するに足る、豊かな永遠と世界とを持っている。私は彼
の、その永遠と世界とを愛している。
意識が徐々に濁ってきた、私は彼を憎まない。今、私と言う一人の人間の永遠と世界が失われようとして
いる。