雨の女は情に脆い。誰かが泣いている頭の上に雨を降らそうとする。
西で赤ん坊が泣いている、生れ落ちた悲劇に泣いている。これから生きなくてはいけない悲劇に泣い
ている。
生きていくこと、沢山の苦しいことを経験して生きていかねばならないこと、まどろんではいられな
いので、無常に過ぎてゆく時間の中でしっかと立っていなければならないこと、 西で赤ん坊が泣いて
いる。
雨の女は、西に雨雲をたらす。
東で老人が泣いている、死に行く悲劇に泣いている。じきに世界から消え去らなくてはいけない悲劇
に泣いている。
死んでゆくこと、無かったことにされること、忘れ去られてしまうこと、生きている人間から思い出
されなくなってしまったときに訪れる本当の死のこと、 東で老人が泣いている。
雨の女は、東に雨雲をたらす。
世界中、いつもどこかで、誰かが涙を落とす。声を上げて泣くことが出来るものは幸いで、
(誰かが頬をぬぐう指を差し出してくれるだろう) 歯を食い
しばって泣くものは強い。(生きる上で必要な能力) 雨の女は采配を振るう、どこかで誰かが涙
ぐんだ目で空を見上げたとき、
睫から顎へと伝うこれは雨なのだと主張できたら良いと、雨の女は思っている。