「付かず、離れず。お前は一体俺にとって何だったんだろうな?」






高原の、しかも鈴蘭が一面に咲き乱れる場所で1人の人間は横たわり、もう1人 の人間は明々と燃える松明を持って辺りを照らし出す。







ザザアアァァァァァァァ







風が吹いて鈴蘭の花と炎と人がゆれる。
炎の光も必然的にゆれ、2人の人間を嘲笑うかのように世界もゆれ、鈴蘭と風の 声が笑い声に聞こえる。
子供ならば恐ろしくて大声を上げて泣き出すだろう。




けれども、此処は美しかった。

恐ろしくはあったが、それくらいで此処の美しさは消えない。
神秘的。
それがこの場所の美しさを保っていた。





「そういえば、初めて会った時も不思議な感覚がしたな。会いたかったような、 けど深く考えるとそうでもない。
それからお前の精神(こころ)が表面上は推測しかねたが、深層心理。お前の生 まれながらにしての本能が、不確かだが感じ取れる。
…………それは今も変わらない。」






ザザアアァァァァァァァ






最後の言葉は風と鈴蘭の音の波に掻き消える。
そしてさっきまで自身の嗅覚を刺激していたものが少しだけ薄まる。



「それに気が付いた当初は、それに何の意味もなかった。だが、いつもタイミン グよく俺の前に現れ、感じていた通りに動いた。だからだ。『お前を感じ取れる 』という事に意味が成されたのは。そうでなければ、少し気になったただの他人 で終わっていただろうな。」


松明を持っていた方の右腕が疲れたから左に持ち替える。
同時に光と影がそれに合わせて変動する。

その光の変動で照らされても、風に吹かれても、鈴蘭の音色にさらされても横た わったお前が起きる気配はない。
キラリと銀色に光るお前の手の中にあるものが、真実なのだろう。
それは確かめるまでもなく、錠剤が入っていた残骸。
お前が横になったまま起きない、唯一の真実。


そして、この臭いの真実もまた此処にある。
赤橙色でからっぽのポリタンク。
その中身が、鈴蘭が根をはる大地に染み込んでいる。
『誰か燃やして下さい』と言っているようなものだ。


準備が良いのか悪いのか、全く解らない。
けれど、俺の左手には赤々と燃え盛る炎がある。
これを大地、鈴蘭、もしくはお前に点ければ、瞬く間に炎は辺り一面を焼き尽く すだろう。
それは、俺が逃げる一瞬の隙さえ与えずに。




「お前も俺と同じで、俺の事を感じ取っていたのか?
クックックッ。多分当たってるだろうな。いや、しかし、お前もそうだったとは 初めて知ったぞ。」




どかりと、お前の横に座る。
それから今度は懐かしむように、憂いをおびてお前に語りかける。



「平和になったこの国に俺たちは必要ない。反対に俺たちは平和の中では異分子 でしかないんだからな。戦争で戦えば戦うほど、俺たちは戦う事でしか生きれな くなってしまった。
居場所は俺たちにはもう何処にも、無いんだ………………」






ザザアアァァァァァァァ






また、一陣の風と音の波が訪れる。




「ならば俺は初めてお前に出会ったこの場所で、生き絶えようと思った。だが、 またお前に先を越された。しかも今回はご丁寧に準備までしてくれて…………… 」






ザザアアァァァァァァァ






ザザアアァァァァァァァ






ゆっくりと左手にかかっていた力が無くなる。
それと同時に松明が落ちてゆく。
それを双眸が虚ろに見守る。






カシャッ






カシャッ






カシャッ






カシャッ






カメラのシャッターのように、一瞬、一瞬が脳内で認識される。






トスンッ






ようやく、落ちた。
その瞬間さっきまでの速さが嘘のように、瞬く間に炎が広がる。
赤々と、熱を帯びながらどんどん赤の領土を広げてゆく。
白い鈴蘭がどんどん、どんどん奪われてゆく。




しばらくすると、横に居るお前は既に炎に包まれ、原形が見る影もない。
あらかじめポリタンクの中身を被っていたのだろう。
まだ炎がない場所に横たわる。
けれど、直ぐさま炎と熱が襲ってきた。



横にお前がいて、二度と目覚めない。
そして俺は別のやり方で眠りにつく。







『付かず、離れず』







まさに俺たちを表すに相応しい言葉だ。
だが、もう一つの表現がある。







『精神的双子』







血も、思考も、生き方が違うのに、繋がりを持てる俺たちにはぴったりの言葉だ 。
付かず、離れず。常に微妙な位置に立ち合う俺たちにぴったり…………な……






ザザアアァァァァァァァ






2人の双子は炎に包まれ、風にのる。
まだ、燃えていない鈴蘭が炎の音に負けずに嘲笑う。
高原の下の、平和な国から2人を 護るように―――――――