朝、起きて瞳を開けると、布団の横に無表情な女が正座して怖い顔をしてこっちを見ている。黒い綺麗 な目だ、吸い込まれそうな鉱石の色、それがじっとこっちを見ている。目を合わせてしまえばもう寝て いる事など出来ないので、自分も布団の上に起き直って正座した。座りが悪く、足がむずむずする。
女が、ほとんど口を動かさずに言った。
「あなたは私を傷物にしました どうか責任を取ってください」
 きずもの? そう問い返すと、女はぎゅっと眉間に皺を寄せて睨み返してきた。それに何だか怯えてし まって目を逸らす。ようやっと目が覚めてきた、それと同時に女の正体も気に掛かってきた。こんな女 ははじめてみる、一体誰なんだろう。そういえばこの部屋にも見覚えは無い、布団も真新しい、畳から は新しい井草の匂いがしている。
 傷物にした、とはどういうことだろう。前触れ無く女がついと立ち上がった。そしてくるりと踵を返し て部屋から出て行ってしまった。その後姿を見て、ぎょっとした。
 立ち上がった女の形の良い足、そのふくらはぎに、鮮烈な色の血が伝っている。
 もしかしてと布団を剥いで見てみると、敷布団にも血の後が残っている。とろりとした紅色、甘く濃い 血の匂いが、急に鼻につきだした。
 傷物にした とは、そういうことなのだ。理解が及ぶにいたってすっかり慌てて動転してしまう。兎に 角ここから出てゆこう。けれどももう一度女と顔を合わせるのはどうにも居た堪れないから、窓から出 て行こう。そう思って窓を開けて、丁度出たところの地面の上に、靴が揃えて出してあった。
 女が、用意していたんだろうか。
 女が、あの綺麗な目の少し怖い感じのする女が、傷をつけられたその身体で、ここに靴を置いたんだろ うか。
 この靴の意味が良くわからなかった。だから考えを巡らせて見た。
 あんな血が流れるくらいだから女はきっと昨日まで無垢なお嬢さんだったのだ、それを台無しにした男 が呑気に布団で惰眠をむさぼっている横で女は布団を抜けだし、服を身にまとい、重い身体を引きずっ て、庭に男の靴を揃えて出した。何の為に? 男が、黙って帰れるように?
 一体何を思って、この靴を揃えたことだろう。
 視線を感じて振り返ると、女がじっとこちらを見ていた。此方をなじることも出来るだろう、けれども 女は何も言わずにこちらを見ている。一体何を思って?

(傷物)