どうしてだか、見晴らしの良い塔にいる。大きく取られた窓からはまるで絵画のような夕焼けが望める 。落日の光が差し込む中で、女がすすり泣きながら縋ってくる。
「一人では死にたくなかったんです、」
 怖かったのだという。今までなんとも思ってなかった生が、ともし火の消える瞬間になって、急に惜し くなったのだと。
「怖い。怖いんです。一人で死ぬのは、とても、こわい」
 女が静かに涙をこぼす横で、日は有り得ないスピードで沈んでゆく。ずんずん沈んでゆく。すでに太陽 自身は地平線の向こう側に隠れてしまっていて、残照が頼りない。
 泣かれてもなんとも仕様が無い。すがられても、何もしてやれることは無い。困ってしまった。日が沈 んだから、自分は元の世界に帰らなくてはならないのに。夜は、死んでいる者の世界だ。自分が女を慰 めてやれるのも、もう終わりなのである。
「お願い、私と一緒に居てください、ひとりはいや、いやなんです、お願いだから」
 女の泣き腫らした目が、じっと此方を見つめていた。
 残照が暗くなる。今夜は星月夜だ。女の望みを聞いてやることは出来ない、何故なら自分は生きている からだ。自分は死んでやること迄は出来はしないのだ。
 女の目に、絶望が宿った。暗い色の絶望だった。
「いや あ ぁ  ぁあ …… 」
 泣き崩れてしまった。大地の線にそって、空がぼんやりと明るい。その仄明るさも、のしかかるような 群青色の夕闇に飲み込まれようとしている。
(ああ、叶う事ならば、時間が逆流してほしい。もう一度夕刻が来て、昼になって、朝になってほしい 。やり直せはしない、女は死んだ)



 そういう、映画を見たのだった。片手に数えるほどしか観客の居ない映画館を出ると、外は残照の時間 だった。地面で、蟻が死んだ獲物を運んでいた。哀しくなった。

(dim ―――薄暗くしてください)