「死ぬなら冷蔵庫の中で死にたいのさ。」
何時も通りのにやけた顔で、本気を見せない冗談の口振りで、男がふざけた事を言った。
「冷たくなれるなら何でもいいんだけど。きんきんに冷やして殺してくれよ。間違っても死んだ後煮
たり焼いたりして食べようとするな。ああ、刺身みたいに冷たくして食べてくれるならいいんだけど
ね。」
有りがちだなぁ。僕は心の中で馬鹿にしながら聞いている。出来の悪い台詞を。
情緒過多な舌先はあんな生温い粘着質な生魚になりたいとかほざく、それを不出来といわずして何と
するか。
「人の体温が気持ち悪いからさぁ。」
気持ち悪いだって。自身だってその体温の保有者だろうに。
にやりにたりと笑う目元は腐魚の目の色で淀んでいる。美味しそうには見えない。
「それにした処で、実は僕は結構君に親近感を覚えてるんだ。君は今僕を軽蔑しているんだろうが、
奇遇な事に僕もなんだな。」
そう言うことで意外性を引き出し僕を懐柔しようとでも思っているのだろうか。だとしたら愚かに過
ぎる事だ。
その知能の浅さがさらなる僕の嫌悪感を呼び起こしている事に気付いてもいない。
「でも僕はそんな君が嫌いじゃない。」
「同時に、そんな自分も嫌いじゃない。まったく素晴らしいね!良く出来た茶番だ。」
ちっとも面白くなさそうに笑う彼にあわせて僕もまったき愛想笑いを浮かべる。それは実に微妙な具
合に仕上がっていた。その空気の白々しさときたら。
「さて、ところで似たもの同士の僕らの為に、僕は君に一つお願いしたい。」
そんな空気を意にも介せず、見ているだけで胸の悪くなりそうな軽佻浮薄の笑みを浮かべた彼は言っ
た。僕は眉をしかめそうになるのを止めるのに必死で、彼の物言いなど聞いてもいなかった。
彼とてそれを承知で一方的に喋っているのだから全く問題無い。
「どうか今のうちに僕を冷蔵庫に箱詰めにしてやってくれ。でないとどうにかなってしまいそうなん
だ。」
彼の顔を見ているだけでまなかいが皺を刻んでしまいそうで慌てて指で眉間を揉み解す。彼の話など
最早どうでも良い。
「そして君も僕と一緒に冷蔵庫に入ってほしいんだよ。」
不意に己の指先に違和感を覚えて身が竦む。額に感じた自分の指先の感触。慣れた筈のそれが、何故
かひどく気持ち悪い。
生温いあたたかみが、顔の辺りを触ってゆく。
ああ、これは……
体温が、不快?
「なんだって一人は寂しいからね。仲良くしよう兄弟。僕らは共に死ぬ仲なんだからさ!」
指の甘皮の内側、三十六度の体温が煩わしく、僕は何も考えずに頷いた。肉体から感覚が剥離する様
な嫌悪感。
彼がせせら笑った気がした。冷蔵庫の冷気が頬を撫で僕を包み込んだ。