その森は少年だけの特別な場所だったのだ。
村の大人だって知らない、深い緑の森の奥。其処には綺麗な泉が沸いて、色とりどりの妖精が無邪気
に戯れている。
本当に神秘的な風景だったのだ。朝の木漏れ日が水面に反射して幾千の綺羅星になる。妖精は優しく
けがれなく子供の様に無邪気で、少年は騒がしく小賢しい人間よりもずっと妖精の方が好きだった
。
だから年月を経て再び森を訪れた時、少年は目を疑ったのだ。
かつて自分がまだ狡さを知らなかった頃艶やかな深緑を誇っていた筈の森は、今や荒れきってしまっ
ていた。底の透けて見えた泉は枯れ、草木は薙がれ、あれ程美しかった妖精は見る影もなく衰えてい
る。
「妖精さん、どうしてしまったの」
少年は倒木に腰掛けている妖精に声をかけた。
妖精は年老いていた。あの頃若く清らかだった肢体は痩せこけり、豊かな金髪には白いものが混じり
始めている。妖精はぼんやりと空を見上げていた視線を少年に向けた。
「あら坊や。久しぶりね」
「妖精さん、何があったの? 森はどうなってしまったの?」
彼女は瀟洒で華やかなドレスを着ていた筈であるのに、今身に纏っているのは薄汚れた茶色のぼろで
ある。
妖精は心なし皮肉げに冷笑して言った。
「どうもこうも無いわ!人間が踏み荒らして森はこんなに荒れてしまった。坊やが居なくなった後に
、嫌な匂いをさせた人間が沢山やってきたのよ。……もしかして、坊やが呼び寄せたんじゃないでし
ょうね?」
妖精は瞳をぎらつかせて言った。その姿にあの天真爛漫な気紛れさは見当たらない。少年は悲しくな
った。
妖精は愚痴る様に不平不満を吐き出し始めた。
「大体私だって、こんな小汚い服なんか着ていたい訳じゃないわ。人間に見つからない様、土色の服
しか着られやしない。昔は良かったわね。朝露で髪を濡らして、菫の花で身を飾り、生糸で織ったド
レスでお洒落をして」
少年は延々と長い不平を言い出した妖精を見つめた。清純で美しかった筈の彼女の白面は、浅黒く意
地悪げに変貌していた。
「ああなんて厭な世の中!」
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