...with the pine tree

残暑も厳しい八月のある日のことである。
庭に生えている松の木が、先日から葉先が黄ばんできて危ぶんでいたのだが、とうと ういけなくなってしまった。毎年夏になると青々と日差しを反射していたのが、今は 色がくすんでしまって力ない。立派な枝ぶりもこうなってしまえば悪戯に栄養を吸収 するばかりで、枝の先々にまで水やらが行き届かないから、病状は悪化の一途である 。とうとう庭師を呼んで剪定してもらうことになった。不要な枝を切ってしまえば 、あるいは回復するかもしれない。
さっそく庭師の職人がやって来た。老齢の男性である。目つきが鋭く無口な、いかに も職人気質なおじいさんだった。この暑い中両手足に布を巻いている。手足を保護す るためらしい。大儀なことだと笑ってしまった。
それではお願いします、とこちらが言うと、庭師はあっという間に足場を組み立て、 恐ろしいような手際のよさで松の枝を刈ってゆく。葉はどんどん落とされ、松は裸に された。枝がむき出しになった松は、どこか薄ら寒くて物悲しい。その枝もどんどん 落とされてゆく。なんだか哀しいような気分になった。
ふと、松の木が泣いているような気がしたので、近づいていって松の傍に立った。庭 師のおじいさんはちらりとこちらを見たきり何も言わない。日差しがじりじりと暑く 、肌が黒くなっていく音まで聞こえるようだ。揚げ物をしているようなぱちぱちとい う音が現に腕の辺りから聞こえる。白い日差しの中で、そこだけ寒そうな松の木は訳 も無く哀れである。下から見上げると、枝振りがまるで血管のようにもつれ合ってい るのが分かった。そのもつれを断ち切るように、庭師のおじいさんはぱちんぱちんと 大鋏をふるっていく。何だか無体な手術を見ているみたいで可哀想だ。
松とても生きているのである。いきなりやってきた他人に自分の血管を断ち切られる のはいい気分ではあるまい。切られた血管から血が出てくることは無いが、切れ目か ら純粋な白色の中身が見えるのは十分に痛々しい。そもそもこんなになるまで松を放 置したのは自分なのである。申し訳なくなって、
「すまないね」
と言ったら、枝の合間から風が吹き付けて頬をなでた。
するとそれまで黙っていた庭師のおじいさんが、気難しい顔で此方を向いて、一言、 「あんた、この松に惚れられたね」
と言った。
僕は赤面した。