...a scarecrow crys
せっかく普段来ないようなところに来ているのだから普段とは違うことをしようと思
った。このあたりは見渡すばかり田畑ばかりの、壮大な田舎である。この地平線ばり
の田んぼの合間を縫うように散歩してみようと思いついた。
思い立ったが吉日で、早速外に出て田畑の隙間の細い土手めいた道を行く。季節柄か
、耕作していない畑も目だつ。視界の開け具合が楽しくて上機嫌で歩みを進めている
と、そう広くない畑の隅に、みすぼらしい案山子が一つ突っ立っているのを見つけた
。収穫の終わった畑の、がらんとして何も無い中を、ぽつねんと立ち尽くしている。
一人ぼっちで、何だか寂しそうだ。鳥の一羽だってやってこない仕事は張り合いも無
いだろうし、何より誰にも省みられることなく雨風の中佇んでいるのは辛いだろう。
なにか心の惹かれるのを感じたので、周りを見渡して誰も見ていない事を確認してか
ら、畑の中に降りてみた。
その案山子は、人型の布の中に綿を詰め込んだような至って簡潔な作りの人形で、背
骨にあたる部分に通した長い木の棒を地面に突き立てる事で起立していた。顔にはイ
ンキで粗雑な目鼻が描かれている。収穫後のがらりとした畑は少し寒そうで、そんな
中に立ちぼうけの案山子は、心なしか少し哀しそうな表情をしている。何だか見てい
る此方まで切なくなってしまうような顔をしているものだから、哀れになって、僅か
の間案山子を見つめていた。
そうしたら、自分の目の前で、案山子の雑に描かれた目から、ぽろりと一滴の涙が零
れ落ちた。驚いてうち見る間に、ぽろぽろと泣き出した。顔の部分の麻布に、水が伝
って色が少し変わる。あの、少し寂しそうな表情のまま、音もなく涙を落とす案山子
を見ていると、何だかこちらまで寂しく哀しくなってしまった。
収穫を終えた畑に人も鳥も来なくなって、もう用済みの案山子は寂しかっただろう。
雨が降っても傘を差し掛けてもらえないのはどんな気持ちだっただろうか。萎えた手
足をぶら下げて畑を見ながら、物もいうことができないのは哀しかろう。用が済んで
役に立たなくなってしまった身は恨めしかろう。少し寒い畑に立ちんぼうの案山子は
、哀しそうな顔をしている。
見る間に涙を吸った麻布の顔はすっかり色が変わり、インキの目鼻は滲んでぼやけ出
した。この上顔の造作まで曖昧になってしまってはみすぼらしさに拍車がかかる、そ
れはあんまりだと思って、慌てて目から零れ落ちる涙を手で拭ってやった。涙はふき
取る先からどんどん零れだしてきて、指先では足りなくなったので服の袖を使った。
案山子は泣き止まない。このままだと顔のインキが溶けてのっぺらぼうになってしま
う。溶け落ちたインキで顔が黒ずむのは可哀想だし、僕にはあまり画才が無いので新
たな目鼻を立派にしてやる自信は無い。下手をしたら僕の書いた目許は歪んで今度は
泣くこともままならなくなってしまうかもしれない。それは酷すぎる気がして、どう
にかして泣き止んで欲しいと、季節はずれの麦藁帽子を被った頭を撫でてやった。