...from sky
急に旅行に行くことになった。飛行機に乗って北に行くのだという。あんまり唐突な
決定に釈然としないものを感じつつも、付いてゆく事にした。
飛行機は余り好きではない。あんな鉄の塊が空を飛ぶのは不条理な気がする。揚力が
どうとか、空気抵抗がどうとか、なにやら大変理屈があって飛ぶらしいんだけれども
、さっぱり理解できない。飛びそうに無いものは飛ばないのが一番なのだから、飛行
機はやはり飛ぶべきではないのだろう。そして実際、離陸の瞬間の機体の震えはまる
で飛行機が飛行を拒否しているようなのである。僕は飛行機に同情する。
考えるでもなしにつらつらとそんなことを思っていると、いよいよ飛行機が震えだし
た。じき、離陸して鉄の鳥は空を滑空する。風に揺さぶられて悲鳴を上げる機体に、
こちらが泣きたい気分になってしまう。無理を重ねて飛ぶ鉄の塊は、雷に撃たれて粛
清されても文句は言えまい。世界の法則は厳しい。それが分かっているから、飛行機
は震えている。哀れに思う。
天気は生憎の曇り空である。低いところに溜っている雲が、どんよりと停滞して街の
上にかかる。飛行機はどんどん高度を上昇させていって、低地に吹き溜まる雲を幾つ
か突き抜けた。窓から大地を眺めると、雲とも霧とも判別つきがたい白い水蒸気の集
合体が街の上にかかっている。
と、低地の雲の一つが妙な動きを見せ始めた。ビル群の辺りにかかっている雲が、妙
に生物じみた動きでもぞもぞ動いたかと思うと、風向きに逆らって地面へと下降し始
めたのである。じっとみつめているうちに、その雲は形を整え、まるで獏のような形
を取った。そうして、大らかな動きで、街を食い始めた。
のっそりと、まるで海底から這い上がってきた深海魚のようにのたりのたりと、獏に
似た雲は街を這う。そうして、口の辺りにあるビルを食っている。僕が唖然として見
つめているうちに、獏は街を食らいつづける。
僕の乗っている鉄の鳥が、再びぶるりと震えた。飛行機は獏を怖がっているようであ
る。僕は獏の意味を悟った。獏は世界の法則が使わした清掃員である、あの高い摩天
楼の数々は世界の法則に違反したのである、だから獏に食われている。考えてみれば
当然だ、人間はつつましく地面に這いつくばっているのこそ相応しい、摩天楼を
造ろうなんてのは分を超えた考えだったんだろう。そして、それらの事実を悟った
鉄の鳥は、次に制裁を加えられるのは自分なのではないかと恐れて、震えているので
ある。返す返す惨めで気の弱い鳥だと思う。
雲で出来た獏は輪郭がぼんやりとしている。見ているうちに、霧散して消えてしまっ
た。ビル群は、初めから存在しなかったかのように失せてしまった。鉄の鳥は大空に
忙しなく逃げて、どんどん高度を上げていくものだから、すぐに何も見えなくなって
しまった。