もう、いいよ。
全部全部終わっちゃえ。
『08 : 私は酷く汚くて』
あたしは屋上のフェンスに足をかけた。
屋上の金網を飛び越える自分、目的はただ一つ。
見上げたら蒼い空。今からあたしはその風景の仲間入り。何でって、
あたしは今から飛び降りるんだから。
あれだ、俗に言う自殺行為。飛び降りる子供たち。
たなびく制服、髪をなぶる風が気持ちいい。はは、あたしってば詩人じゃん。
もう一歩。金網に乗せた足を一歩持ち上げると、ガシャンとフェンスが揺れた。
死ぬまであと数十秒。どうせなら色々考えとこう。
そーだなぁ、うん、例えば、あたしはイジメをこう定義する。
『中学校までは可哀想、高校からはテメーのせいだろ』
中学校までのイジメは割と理不尽だったりする。
ほとんどは意味分かんない理由でハミられたりしてるだけ。
頭の悪いガキにいじめられている子供の様子には中々哀れを誘うもんがある。
子供のイジメは限度も容赦も無い分、なおさらだ。
でも、でもだ。
高校からは事情が違う。
まず、高校から学力が平均化する。
そうなれば同程度の脳味噌同士、妙な連帯が生まれる。
どういう仕組みか知らないけど、衝突は確実に減る。理解しあえる生涯の友、
ってやつが出来るのも大抵高校でだ。
だから高校からは事情が違う。
それだけいい条件が揃ってる中、イジメられるのは、イジメられる方に問題があるに違いないんだ。
イジメる方が悪いんじゃない、イジメられる方が悪い。
ハミられるのはテメェが最低野郎だからだし、友達いないのはテメェの汚い心のせい。
全部全部全部自業自得。
いじめっ子は言う。
『あんたの汚い顔を見せるな。汚い根性を晒すな。生きる価値も無い癖に。気持ち悪い』
全くもってその通り。返す言葉もありません。
そりゃそうだ、彼女等には不快の元を排除する権利がある。
――――――そして、あたしには排除される義務がある。
金網に指を食い込ませた。
力を入れて、体を持ちあげて。
爪が容赦無く割れて血が出た。
あたしは馬鹿です。
あたしは間抜けです。
あたしは最低です。
あたしは汚いです。
手の打ちようもない程最悪な能無し、自分の愚かにも気付けない程の愚か者、
ただ生き抜くだけの事すら出来ない根性無し。
本当に、どうしようもない無能です。
いじめっ子達は何も悪くない、だってあたしが悪いんだから。
誰だって汚い奴は嫌いだ。
醜いものより綺麗なものの方がいいに決まってるし、汚いものより純粋なものの方が見てて気持ち
いい。
だから。
だから、あたしの罪は重い。
今すぐ消えろ、汚いものは消え去れ。
おまえに出来ることはただ一つ、後腐れ無く死に尽きる事。
あとちょっと、ちょっと手を伸ばせば金網の向こうの世界。
やっと、終われる。
綺麗に、なれる。
何処までも突き抜けるように青い青い空に、焦がれてたみたいに手を伸ばした――――――
途端、足を滑らせた。
「う……わぁっ!!」
金網に上っている最中に足を滑らせれば、当然落ちる。
重力の法則に従って、あたしは真っ逆さまに落ちた。
落ちた先は。
フェンスの向こう側、青空の真ん中――じゃなくて。
灰色の、リアリティ溢れる屋上のコンクリの上。
思わず茫然と、足元を見た。
あたしはかかとの潰れたローファーを履いてた。色は黒。
……つまりあたしは、歩くのさえ困難な位かかとの潰れた靴で金網を登ってたってことだ。
原因はこれか。
落ちて当然だね。
バッカだなぁ、自分。
普通飛び降り自殺する時は靴脱ぐっしょ。
そんなだから失敗するんだよ。
ばーか。
手をついて立ち上がろうとしたら、今度はスカートの裾を踏んだ。
転んで、思い切り腰を打った。
痛かった。
痛くて痛くて痛かった。
情けない。ほんと――――――情けない。
何だか鼻の奥がツンとして――――――涙が出た。
どうしてあたしはこんなにも不器用で、どうしようも無い。
ただ飛び降りるだけ、そんな簡単な事さえ出来ない。
自分で自分を終わらせる事が、こんなにも恐い。
大切な人に大好きだって伝えることも、嫌な事をはっきり嫌って言うことも。
曖昧で中途半端。
目の前の問題。自分で解けるって知ってたのに、どうにかする勇気も無かった。
自分を、続ける事も終わらせる事も出来なくて、独り不細工に立ち止まるしか出来くて、
恐くて、恐くて。
汚いよ、知ってるんだあたしはあたしがどんなに汚いか。
汚い。気持ち悪い。自分の卑怯さに汚さに意地悪さに吐き気がする。
もう、やだよ。
嫌だ。全部嫌だ。
嫌なんだ。やなんだよ。
どうしたらいい?
終われないのに、始めれないのに、あたしは。
あたしは、どうしたらいい?
絶望と暗闇に押し潰されそうで、どうする事も出来ないあたしは、ただ泣いた。
声をあげて、こぶしをコンクリートに打ち付けて。
喉が潰れるまで、声が嗄れるまで、握りしめた手が地面に裂けて血が滲むまで。
あたしは、ただただ泣いた。
自分の弱虫に、卑屈に、愚劣に、全力で泣いた。