墓地にたった一人立ちすくむ女性は、ひとりの男性を見つけて果敢無く微笑った。
「もし。すいません。もしや、貴方は神様でしょうか」
男性はちらりと女性を見た。
「どうしてそう思ったんで?」
「だって、貴方こんな寂しい場所に毎日来ていらっしゃるでしょう? そんな事するのは神様くらい だもの」
「あなただって毎日来てらっしゃるんじゃあないんですか」
女性は哀しげに笑って答えず、代わりに、わたしは単なる独り者です、と呟いた。
女性は花束を持っていた。白いプロムローズだった。男性が目で問うと、あの人が好きだったので、 と答えた。あの人とは誰であろうか。親兄弟かはたまた恋人か。穿った目で男性は見つめたが、 女性は笑みを絶やさなかった。
女性は喪服を着ていた。男性は黒っぽい衣服を着てはいたが喪服ではなかった。その事が死者に対す る鎮魂の念の差を表しているようで、男性には少し気になった。
「貴方みたいな方に来ていただけるなんて、亡くなられた方はきっと愛されていたのね」
女性は笑うと顔に影が出来た。それが女性の薄幸を表しているようにも見え、男性は力なく肩をすく め、
「あなた、生きにくい人だねぇ」と言った。
口すさびのつもりが、その言葉は存外真剣な色を帯びたので、女性は不思議そうに首を傾げた。
「だって、あなたは優しすぎる」
言って、男性は後悔した。これではまるで嫌がらせだ。女性は一瞬間笑みを消し、泣きだしそうな顔 を浮かべた。
「申し訳ないが、神様じゃあありません。疫病神ですよ」
冗談めかして言って、その科白を女性が冗談と取ってくれる事を期待した。けれど女性は涙顔のまま 黙って聞いていた。この分ではまともな話に取られたろう。この人は真面目すぎる。
もしかすれば女性は近いうちに死んでしまうかもしれないというぼんやりとした思いを抱きながら、 男性は女性に背を向けた。今日墓地をあとにしたならもう二度とここには来るまい。