17 : 駆け引き      the 3rd















拳銃を手に取った。金属の堅い感触が生々しい。
だが、もう恐怖を感じてはいなかった。
僕は、余裕ぶった笑みでそれを頭蓋に押しつけ、言う。

「何か質問は?」

「そうですね………では一つ。お聞きします」

神崎は視線を宙に彷徨わせ何か考える様子で、一つの疑問符を呈示した。

「気にはなっていたのですが……解せません……何故ロシアンルーレットなのですか?」

神崎の科白の意味が分からず、僕は首を傾げた。

「と、いうと?」

問い掛けると、質問の主は考えを整理するように少し俯いてから、饒舌に語りだした。

「そもそもゲームのルールを指定したのは貴方です。貴方は好きなゲームを好きなルールで設定する事 ができた。 聡い貴方なら、五分のルールに見せ掛けて自分の勝率を100%にすることだって出来た筈でしょうし、 絶対的に僕を死に追い込む方法だって考え得たでしょう。前提として、私と貴方は対等ではなかったん です。
なのにこのゲーム。賢い方法のようでいて、策としてはまるで無茶苦茶です。私を殺す事が出来るのと 同じ確率で、貴方は自身を危険に貶めている」

流暢にすらすらと流れ出る言葉には、一分の隙も無い。
僕に口を挟む暇すら与えない。

「もっと言えば、別にゲームを申し込まなくても良かった。ただ殺すだけなら、貴方は好きな時に好き な様に……そうですね―――――私が油断している時でも狙って自殺に見せかけ 殺してしまう事だって出来ました。私 一人を殺すのに、何もこんな手のこんだ事をする必要はありません」

言い切る神崎に、迷いは無い。宙を睨む視線は、一点を凝視していて揺るぎない。

「この勝負は正当に過ぎます。貴方ならもっと確実で簡潔な禁じ手を使えたのに、実際に取った方法は こんな回りくどい、まして二分の一の確率で自分も打ち抜いてしまいかねない愚かしい案だった。全く 理解に苦しみます。一体どういうつもりなのですか」

反論は出てこない。神崎の言は全くの正論だった。
最後に、神崎はまるで自分に確認を取るかのように小さく、しかしはっきりと言う。

「自分の命も保障できないような策は、愚策です」

神崎がようやく目線を宙から引き剥がし、僕の目を捉えた。
まっすぐ、見透かされそうな色のその目が僕は苦手だった。
神崎相手に誤魔化しは通用しない。その事実を改めて思い知らされる。

「……さぁ。何でだろうね」

うそぶいてみる。精一杯の虚勢を持ちうる限りの演技力で、張る。

「質問に対する回答を質問で返すのは些か卑怯の感が否めませんね」

きっぱりと、言い切られ。
おためごかしは不要、と切って捨てられたようだった。

「……分かったよ。もう誤魔化さない」

目を伏せてため息をついた。神崎の目は一心に答えを求めているようで、見つめられている僕はひどく 居心地が悪い。

「―――――でもね、別に大した理由は無いんだよ。ただ………もう疲れたんだ、僕は」

僕は撃鉄を起こす。リボルバーの回転する音が部屋に響く。また死に一歩近づいた。

「僕には親も友人も好敵手も居ない。いるけれどいない。さっきも言ったよね。『僕の思い通りになら 無かった人間は君意外に居ない』。他の誰も、僕の予想の域を出るような行動を取ってはくれなかった 。
―――――何でも思い通りに動くような人間は、つまり駒でしかないだろう?  僕と同列の人間になるのなら、せめて僕に操られないだけの頭脳が必要だ」

全ての人間は、結局のところ僕の道具なのだ。僕が生きていく上で必要なサクリファイスの駒。

「ああ、かと言って僕は神崎と良い関係になれるとは思っていないよ。君に感じるのはただ苛立ちだけ だ」

唯一僕の駒になり得なかった神崎に感じる苛立ち。
それはつまり、僕には真に近しい人間は作りえないという事だ。

「―――――それを寂しいだとか哀しいだとか思ったことはない。でもさ、みんな自分の言いなりにな る人生なんてつまらないと思わないか? 誰も彼も皆当たり前の回答しか出さない、みんな屑だ」

誰も僕の予想した未来からはみ出さない。この世界は本当につまらない事ばかりだ。

「そんな世界に僕は興味なんて無い。長く生きていたいとは到底思えない。執着を感じて いない。別に死んでもいい。………それだけだよ」

冷たく自嘲すると、何かが吹っ切れた気がした。
そうだ、別に死んだっていい。

「だからね、もし僕が今引き金を引いて飛び出した鉛玉で死んでも、きっと後悔しないよ」

僕は、黒い筒の先をこめかみにゴリ、と押しつけ。
一瞬間の後、引き金に添えられた人差し指を、黒いそれごと。
引いた。
衝撃を覚悟した。
今度こそ飛び出すかと思われた銃弾は、ところがまた出なかった。
ふと、まだ死ねないんだなと思う。

「………君の納得のいく説明だったかな?」

いつもどおりの、仮面を被った友好的な笑顔を向けると、神崎は戸惑ったように眉を寄せた。

「……一層貴方の事が分からなくなりました」

複雑な表情の神崎が呟く。

「そう。それは良かった」

お前なんかに理解して欲しくはない、というニュアンスを言外に込めた事に、君は気付いただろうか。 無表情の男からは、その判断は下せなかった。
さて、と区切りの声をあげると、神崎は僕に呼び掛けた。

「いよいよラストターンですね」

机の上に置いた拳銃を感慨深げに弄びながら、神崎が言う。
ラストターン。つまり、後一回ずつで勝負が決する。
神崎が死ぬか、僕が死ぬか―――――。
正真正銘の一騎打ち。
僕は口の中に溜まった唾を嚥下した。





最後の勝負が、始まる。