「その勝負、受けて立ちます」
表情の乏しい神崎にしては珍しく苛立ちを顕にした事に、さらに僕は後ろ暗い悦びを感じる。
今なら最高の気分でこいつを殺してあげられるかもしれない。
最期に見送る時は、笑ってやってもいいと思う。心から気分良く、こいつの死に様を見取ってやろう。
「では、私からいきますよ」
17 : 駆け引き the 2nd
神崎はおもむろに机の上の拳銃を拾うと、銃口を無表情で自分のこめかみに押し当てた。
撃鉄をおろす音が、静かな部屋に響く。
僕は神崎の拳銃を握る手が少し震えている事に気付く。こんな無表情でもやっぱり怖いのか、と場違
いな事を思った。
冷たい銃口の感触、手に当たる拳銃の手触り、ずしりと重い右手。その全てが今こいつを恐怖させているの
だと思うと、僕の頬が独りでに緩む。
目の前の男の感情を捻じ曲げているという快感。
そして、神崎は震える指に力を込めると―――――
引き金を、引いた。
……さぞや轟音が響くかと思いきや、拳銃はカチリと実に間の抜けた音を立てて沈黙した。
はずれ、だ。
目の前の男は、知らず入っていた肩の力を抜くと小さく息を一つついた。
僕も思わず詰めていた息をはいた。同時に、思う。
―――――これで死んでしまってくれれば良かったのに………
「どうやら、切り抜けたようです」
何も無かったように平静に述べる神崎が憎たらしい。
しかし僕も、今まで考えていた事などおくびにも出さず、にこやかに演技して言う。
「じゃあ、次は僕の番だね」
僕が神崎から受け取ったそれは、利き手にも随分と重い。
冷たく底光りする鉄の塊。
弾丸の飛び出す穴を己の方に向けると、何か不思議な気がしてならない。
こんな物が、僕を殺すかもしれないのか。
と、唐突に正面の人物が口を開いた。
「……玖堂君は、何故私が嫌いなのですか?」
何の前触れも無く、神崎が僕に疑問を発する。思わず、撃鉄に伸びていた指が止まった。
「僕が君を嫌いな理由?」
「はい、是非聞きたいのですが」
これで最期になるかもしれませんし、とぬけぬけと言う神崎が不思議に奇妙な感じで、僕は思わず口許
を歪めて笑った。
こいつがそんなことを聞くとは思っていなかった。
理由、理由………ね。
全く、滑稽だ。
「理由?………だって君は、僕の思い通りにはなってくれないだろう?」
神崎は、理解不能だという顔をした。
それがまた僕の愉快を誘う。
「思い通りに……ですか?」
「そう、思い通りに。
僕は―――――自分で言うのも厭な話だけど―――――他の人間なんかよりは多少優れた人種のつもりだよ。
だから今まで僕が策略を巡らせて思い通りにならなかった事なんてなかったんだ。 ほとんどの人間なら
僕の目論んだ通りに動いてくれたし、多少考えから外れた行動を取る人間も結局は僕の利益になるよう
に動いてくれた。 僕が仕向けた罠にはまらなかった奴はいないし、僕の思った通りに動かなかった奴も
いなかった―――――君以外はね。
君だけは、どうやっても思い通りにならなかった。 僕がどんなに頭を捻らせて複雑な策を弄しても、君
はいとも簡単に抜け道を見つけて逃げていく。 あれは酷い屈辱だ。 僕は何度君に辛酸を味合わされた事か」
言いながら、思いの外重い撃鉄をおろす。ガチリとリボルバーの回転する音が響いた。
「なら、僕が君を嫌うのは」
引き金を。
引く。
「当然の事だろう?」
―――――今度も、弾丸は飛び出さなかった。
「………成る程。よく分かりました」
「そう」
分かったなら早く死んでくれ。
僕が少し乱暴に投げた拳銃を、神崎は慌てもせずにキャッチした。
こめかみを狙う姿にはもう動揺はみてとれない。
不意に、その冷静な仮面を引き剥がしてみたい、という衝動に駆られる。
―――――ぶち壊してみたい。余裕の鉄壁を突き崩してしまいたい。
「………じゃあ、僕からも質問だ。何故このゲームに同意した?」
「……何故って、それは私も貴方の事が嫌いだからですが」
最初にそう言ったでしょう。無造作に撃鉄をおろす神崎を睨む。
不愉快だった。僕の聞きたいのは、そういう言葉じゃない。
「嘘をつけ。そんな陳腐なギミックじゃ僕は騙されない。君は本当に嫌いな奴には近づかない人種だよ
。無関心を装って心で軽蔑するタイプだ。
だから神崎は確実に僕を嫌ってはいないな。嫌いならこんな風に僕に近づいてはこなかった」
しばらくは強情を貫き、黙ったまま無言で僕と睨みあっていた神崎だったが、しばらくして諦めたみた
いに瞳を閉じた。
「―――――参りましたね。まさか見抜かれてるとは思わなかった。流石は玖堂君です」
「やっぱり、嘘だったんだな」
ええ、真っ赤な嘘です。唇を少し歪めた神崎は、何故だかとても嬉しそうに見えた。
「ゲーム参加の本当の目的は何だ?」
「………目的なんて、ありませんよ」
「ふざけるなよ。意義も道理もなく命をかける馬鹿が何処にいる」
神崎は、物憂げに目を伏せた。
「目的はありませんが動機ならあります」
動機―――――?
「どういう……」
僕の言葉を遮るように、神崎は引き金を引いた。
僕は爆音を期待したが、しかしまた安っぽい音を立てただけで、銃弾は出なかった。
「どうやらまた空だったようです」
「―――――どういう意味だ、神崎」
「次は玖堂君ですよ」
完全に無視を決め込まれる。もう、神崎に答えを言う意志は無いらしかった。
僕は答えを聞くのを諦めた。気にはなるが、あと少しでどうでも良くなる。
どちらかが死ねば、もうそんな回答に意味はないのだから。