1
生い茂る木々の圧倒的な存在感に押し潰されるような錯覚が一瞬、私は覆い被さるような枝の間
から中空を見上げた。ここの草木の中はどうしてだか空気が重い。真夏でもひんやりとうそ寒く不
気味な感じがして、私はこの林をどうしても好きになれなかい。今日とてこの林を越えねば行けぬ
所にある隣村に大事な用があるからここを通り抜けているだけで、本来なら私はここを通りたくな
いし、出来れば今からでもくるりと後ろを向いて走って逃げてしまいたい位だった。この林は怖い
。何か目に見えぬ恐ろしい物がそこいらに充満しているような気がしてならない。
道は今私が歩いている一つきりしかなく、その道とて獣道から一歩踏み出した程度のか細い物で
、踏み出す足の下はごつごつと張り出した木根が走っていて足元が覚束ない。頭上の枝も低いので
足元にばかり注意している事も出来ず、頼りない道は今にも途切れてしまいそうで、いつ道に迷う
かと思うと往来で神経も焼けきれそうな思いを味わう。早く林を抜けたい一心で自然歩も早まった
。私は道中を急ぐ事にばかり気を取られていた。
「ねぇお姉ちゃん。こんなところでなにしてるの?」
すると不意に真後ろから幼い声が聞こえた。あまりの唐突さに私は肩を跳ねさせた。恐る恐る振り
返ってみると、背後に、年の頃は十くらいだろうか、あどけない顔をした女の子がこちらを見上げ
ている。つやつやとした髪に縁取られた白い顔は、この年齢の子供にしては少しばかり不健康な感
がしないでもなかったが、しかしくるくると大きな黒目に映えていて愛らしい。思わずまじまじと
見入っていると、子供はじれたように問を重ねた。
「ねぇったら、何してるの?」
「……あなた、一体どこから来たの?」
少女は子供らしい率直さで私の来た道を指差した。付いて来たのだろうか。それにしては此処に
至るまで少女の存在に全く気付けなかった。
「……来た道を真っ直ぐ辿って帰りなさい。ここは足元がはっきりしてなくて危ないわ。こんなと
ころで遊んでいたら駄目よ」
私はそう子供に言い聞かせると、返事を待たずにまた道に沿って歩き始めた。子供は嫌いだ。分を
わきまえていないし無遠慮で礼儀を知らない。邪険に扱えばすぐに泣き出す。子供のほうとて私の
ことを好きでは無いだろう。苦々しい気持ちで歩を進めていると、背の向こうから落ち葉や腐葉土
を踏みしめる小さな足音がする。顧みれば先程の少女がいまだついて来ていた。少女は私の意など
介さない様子でいっそ泰然としていて、ふてぶてしささえ感じない事も無い。私は思い通りになら
ない事態に若干の苛立ちを感じ、こころもち乱暴に落ち葉を踏みにじって立ち止まった。少女が澄
んだ声をあげた。
「ねぇお姉ちゃん、どこに行くの?」
「……。この先の隣村まで」
「となりむら?」
少女は僅かに考えるような素振りを見せた後、小走りに駆けてきて私の横に並んだ。一緒に行くと
いう意思表示らしい。私の言う事を聞く気は毛頭無いようだと私は小さく嘆息して、歩き始めた。
隣の少女もそれに続く。静寂の林間に湿った足音だけが響く。こんな他愛ない少女がこんな不気味
な木々の中をついて来れるのだろうかと一瞬思ったが、隣の足音は存外に安定していた。一歩一歩
の音に乱れが無い。私は少し感心して、少女を見る目を僅かばかり改めた。でこぼことしたこの悪
路を行くのは慣れなければ大人でも容易では無い。しかも、少女の足ぶりに子供特有のせわしない
所作が見られない処から思うに、どうやら単にこの林で遊んでいたというわけではなかったようだ
。日常的に木々の中をくぐり慣れている者でなければこの足音は無い。
煩わしさでわざと少女から逸らしていた視線をしっかりと隣に合わせた。少女への興味が芽生え
ていた。
「あなた、どうしてこんな所にいたの?」
「あたし?」
私が急に声をかけたので少女は少し面食らったようだった。しかし少女はすぐに持ち直すと、案
外に落ち着いた声音でさらりと言った。
「お墓参り」
「え?」
私は間の抜けた声を漏らした。おはかまいり? 聞き違えかと少女の顔をまじまじと見つめたが
、当の本人は平然とした顔をしている。『おはかまいり』とは『お墓参り』の事だろうか……。他
に思い当たる言葉は無い。では誰の菩提を弔うのか。先とは別の意図でもって少女の顔を窺ったが
、その顔はけろりとしたものである。少なくとも肉親の死を悼むだとかいう悲痛な色は無い。その
顔にはどこか白けていて、単純な悲しみの色さえ見えない。
「そうだったの。……ごめんなさい」
どこか釈然としない気持ちのままともかくも非礼を詫びたが、やはり納得がいかなかった。少女は
そんな気持ちなど素知らぬ風である。そもそも、この辺りに墓地などあっただろうか。
薄ら寒い風が木の葉を揺らしていった。私は総毛だっていた。それは寒さのせいばかりではない
。吹き荒れる風が頭上で枝葉を揺さぶり、不穏な音を立てる。少女の立つ左側ばかりが磁気を帯び
たようにちりちりする。少女は一体何者なんだろう?
いよいよ私はこの場から逃げ出したい思いに駆られていた。最初は頑是無い表情で幼さを見せて
いた少女だったが、今は子供らしからぬしっかりとした足取りでしつこく私の横に張り付いていた
。その顔に特にこれといった感情は浮かんでいない。それが逆に不気味なのだ―――普通この年頃
の子供ならば、不気味な林を散策するというシチュエーションに何らかの動きを見せる物では無い
だろうか。例えば怯えてみるだとか、ちょっとした物音に大げさに悲鳴を上げてみるだとか、冒険
小説張りにわくわくしてみるだとか。少女にはそういう浮き足立った感情の流れが見られない。事
務的に歩を進めているだけのように見える。この子供は……本当に子供なのだろうか?
ただひたすらに静かだった林間に風が出てきていた。木の隙間を通り抜ける微風が幽霊の嘆き声
似た音を立てながら林中を吹き抜けている。風が地面の落ち葉を低く巻き上げて乾燥した音をたて
た。
「おねえちゃん。ひとが死んだあと、どうしてお墓をつくるか知ってる?」
少女が突然に口をきいた。途端に林中の音という音が絶えてしまったように静寂に帰した。少女
の声は澄んだ音でもって意外な鮮明さで耳に届く。私は質問の内容よりも少女の声のもつ不思議な
魅力に惹かれていたのだが、しばらくの沈黙の後、その言葉の意味を脳裏でようやく理解した瞬間
、全身が強張ったのがわかった。どうしてお墓をつくるか知ってる―――どうして?
恐ろしさでぎしぎしと固まったようになっている首を巡らせて少女を見た。少女はこちらを見つ
めていた。その顔はやはり何の表情も見せていないが、僅か開いた唇の間から、小さな歯が覗いて
いるのが見えた。小さな歯である。他愛ない幼さを残す白い……―――その途端、自分の緊張がほ
どけたのが分かった。
強張った身体に僅かながら体温が戻ってきたのを感じた。同時に年少の物に対する勝気を感じた
。自分はこの少女の何をそんなに恐れていたのだろう、まだこの子供はこんなに小さいではないか
……。私は口を開いた。
「それはね、この世から消えてしまった死者を覚えておく為よ。死者は生者に己の事を忘却される
のを最も恐れるわ。でも生者は忘れる生物だから、肉体として消えてしまった死者の事をいずれ忘
れてしまう。その人が生前どれほど親しかったとしてもね。だから、形として墓所を作ることで、
墓石を肉体の代わりにして、生者の忘却を食い止めるのよ。死者は忘却を恐れるけれど、生者も忘
却を恐れる。お墓は死者の生前の記憶を何とかして繋ぎ止める為の楔みたいなものよ」
私は私見を述べた。言い終えて、子供には少し難しかったろうかと逡巡した。少女は少し考え込
むように俯き、私の言葉を消化しようとしているように見えた。時々口の中で言葉を繰り返してい
るのが聞こえる。薄ら寒い風が私の髪をなぶった。顔をあげると、頭のはるか上で交差している枝
々が風でつよくしなっているのが見える。
私がまた左隣の少女に視線を落とすと、少女は何かを思いついたようにぱっと顔を上げた。
「ちがうよ。ちがう。やっぱりちがう。そうじゃないよ」
少女は熱に浮かされたように繰り返し繰り返し違うといった。けれど表情はその口調とは異なり、
ひどく冷静である。
「お墓は生きている人のものじゃないの。お墓は死んだ人のためのものだよ。死んだ人は墓地で眠
ってるみたいに生きてる。墓地は死んだ人のための家なんだよ」
私は微笑を漏らした。いかにも少女らしい考え方だ。地下には死者の帝国でもあると思っているの
だろうか。そうして死んだ後はそこへ行き永遠の生を得られるとでも信じているのだろうか。ふと
未来信仰の話を思い出した。
古来の日本の死生観の一説である。村の人間は死ぬと村はずれの墓地に埋葬される。それは遥か
な浄土へ人間を送り出す為の物ではなく、死者を村近くにとどめておく為の儀式だった。儀式を経
る事によって、死者は墓地に定住するようになり、我々の身近に存在する。死者は生者の隣にいる
。いつも生者の近くで生前のように見守っている。
「死んだ人は墓地にいるの。ずっと私の隣にいるの」
私は想像する。暖かな陽光が降り注ぐ土と水の村で人々が常と同じように野良仕事をしている。
ある日には人が生まれある日には人が死ぬ。いつもどこかしらで人間の生死が繰り返されていて、
それにも関わらず日々の生活は変わらない。日常と地続きの生死。安堵しているような空気の中を
俯瞰で見下ろしている沢山の死者がいる。長い長い間村が続く限り排出されてきた歴代の死者達は
一人残らず村の周囲に存在している。日々の当然のように村人たちは死者を迎える。時に生まれ時
に死に、その度に俯瞰の死者はその数を増やす。夜になれば死者達は墓地に帰り、また朝になれば
故郷の村々へ彷徨い出るのだろう。生者と死者の一体感がそこにはある。
それはとても素晴らしい事では無いだろうか。この事がもし真実であったらば、人間は死なない
。何故ならばいつまでも精神が存在するからだ。世界中を満たす何億何兆という魂のひしめき合っ
ている様子は想像するだに心が昂ぶった。呼吸をすれば魂を幾つか吸い込みまた吐き出す。笑えば
大気に満ち満ちた魂が共鳴しあって世界中が心地よさげに揺らめく。世界は恐るべき一体感であた
かも微笑するように震えているのだ。
ふと気付けば、少女はこちらをじっと窺っていた。黒い濡れた瞳が私を正面に見据えていて、私
が覗き込むと、その黒目の中には私自身が写っていた。では私の瞳の中にも少女が映っているのだ
ろうか。まるで合わせ鏡だと思う。顔を見合わせれば瞳の中に互いの姿が映りこみ、永遠のループ
を現出させる。少女の瞳に存在する私の瞳には少女が映っている。これでさえ世界との一体感。
吸い込まれそうだ、いやもう吸い込まれているのかも知れない、自分の思い描く想像で私は夢見
ごこちになっていた。成る程墓石に関しては少女の言うとおりかも知れないとさえ思っていたのだ
。―――が、少女の瞳を改めて覗き込んだ途端、そんな感傷は一気に吹っ飛んだ。少女の瞳には私
の様な浮ついた様子は無く、寧ろ超現実的な光しか浮かんでいなかった。少女はこれ以上ないくら
い真面目にあんな事を言っていたのだ。私は現実に引き戻された。興ざめの思いだった。先程まで
の世界との一体感もどこかへ行ってしまった。この子はなんて馬鹿な事を信じているのだろう、そ
んな事ありはしないのに。
私は少女に何と返事をすればよいのか分からなくなってしまっていた。この子供は一体何を望ん
でいるのだろうか。私が肯定の相槌を打てば満足するのだろうか。だが事はそんな簡単な話では無
い気がする。もうどうすればよいのかすっかり見失い、眩惑された私は仕方無しに力なく「そうね
」といった。
2
その後は二人共無言のまま道を行った。夕日は徐々に落ち、黄昏の時刻を迎え、夜はいよいよ暗
い。夜気が服越しに染み渡ってひんやりと身を押し包んでいた。
「ねぇおねえちゃん」
少女が沈黙を破ってまた声を発した。私はもう返事をするのも嫌になっていた。こんなに暗くなっ
たのにまだ林が果てないという事実が私に重くのしかかる。足が重く一歩一歩が辛い。だのに隣の
少女はいとも容易くこの暗い林を踏み進んでゆく。
「おねえちゃん。この林はどうしてこんなところにあるのか知ってる?」
「さぁ」
相変わらずよく分からない少女の質問に私のいらえもぞんざいになる。私は苛立っていた。その苛
立ちは沸点よりもはるかに低い所でふつふつと揺らいでいるようで、私の内側に澱のように淀み、
つかみ所の無さでより私を挑発する。今そのやり場の無い感情はこの少女に向けられていた。少女
は私の心情など意にも介しない風で言った。
「それはね、この林が死者と生者を隔てる林だからだよ」
つぅ、と空気が変わった。
私は先程まで腹が立っていた事も忘れて少女の言葉に惹き付けられていた。ししゃとしょうじゃ
を、へだてる、はやし……。何時の間にか二人共が立ち止まっていた。今や少女の口調は当初の子
供めいた無邪気な物言いの仮面を脱ぎ捨てたように大人びている。
「死者は生者の隣に生きてるけれど、やっぱり死者は死んでるんだよ。死者は郷里の村を俯瞰で眺
めているだけしか許されるべきでないし、その壁を越えてしまえば必ず死者と生者の間には混乱が
来たす。だから林で隔てるんだよ。林が死者を縛り付けて出すぎた行為を抑制する。林は生きてる
ものと死んでるものを分けるの」
少女はもう子供ではなくなっていた。あくまで淡々と語りつづける少女の言葉は淀みない。私は先
程までとの差異に言葉も出ない。
「林は丁度境目だから生きてるものと死んでるものが混じり合う。死者と生者の見分けがつかない
。だから林の中では怪異が起きる」
少女の浮世離れした言葉が私を打ちのめし、私の内側では静かな恐怖が胸に降り積もろうとしてい
た。目の前の少女が怖い。何てことも無いようにひどく恐ろしい事を語ってみせる少女が怖い。無
表情なままの少女が理解できない。この少女はもう子供では無い。子供の皮を被った化け物だ。わ
けが分からない。少女の言葉が分からない。死者と生者を隔てる林? 林では怪異が起きる? 目
の前のこれは一体何を言っている?
「本当にこの向こうに隣村があると思ってるの?」
私は何もしていない何もしていない。ただ林を越えたかっただけなのに、この向こうにある隣村に
、隣村に―――この少女は誰なんだろう私は誰なんだろうここはどこなんだろう何故こんな事にな
っているのだろう一体何がどうして。
「ねぇおねえちゃん。この向こうに隣村があるって? 死者と生者の境目を越えた所にあるのがた
だの村だと、本当に思ってたの?」
林に一陣の風が吹いた。轟と威圧的な音を立てて二人の間を吹き抜けていった風が木々を鳴らし
落ち葉を舞い上がらせる。かさかさという乾いた音を立ててもつれ合い風に遊ぶ落ち葉が一瞬少女
の姿を私から隠した。もう一度世界が変質するような強風が吹き、私は目をあけていることも出来
ず、思わず瞼を閉じて―――――
3
風がやみ眼を開けるとそこはすでに林ではなかった。小さな丘の上だった。林中に突然盛り土を
したような地形の真ん中に私は立っていた。その様子は遠目から見れば或いは林の中に突如出現し
たハリネズミのように見えたかもしれない。盛り土の表面、ハリネズミの背中には沢山の木の札が
刺さっていた。札の大きさはまちまちで、掌ですっぽり隠せる程度のものもあれば、背丈を越すよ
うな巨大な札もある。手近に会った腰の高さの札に目をやると、そこには人名が書かれていた。見
渡せば大小様々な木札にはそれぞれに名前が書かれてある。私はようやく得心がいった。―――こ
こは墓場だ。
何故かひどく平静な気分だった。そうか墓場だと納得してしまえば、ここが自分のいるべきとこ
ろなのだという気さえした。感情の波は全く立たない。周囲を見回せば、豊かな緑と荒涼とした土
山の境目が明々としていた。所狭しと立てられた札の数々が、この盛り土を死者の領域だと主張し
ている。何かやり切れない心地がして林の果てを眺めると、落日が今にも木々の向こうに隠れよう
としていた。日が沈む―――夜になる。
ふいに砂利を踏む音がして振り返れば、先刻の少女が夕日の赤を一身に受けて立っていた。ふと
思い当たる事があった。夜は死者の時間だ。ではこの少女は。
「あなたが死者だったの?」
そう訊ねると、少女は小さく笑った。その笑みが存外に愛らしいので、私もつられて微笑した。入
日の時間はもうすぐ終る。東の空は早くも藍色に染まり、青ざめた薄い月が浮かんでいる。生者の
時間が終る。死者の時間が来る。
「おねえちゃん」
少女が幼げな口調で言った。その間にも夕焼けは順調に沈み、辺りは薄暗くなってゆく。もう少女
の顔は朧にしか見えなかった。
「もうすぐお別れなの」
死者と生者を隔てる林に夜が来る。死者は墓地に眠り、生者は生きるべき世界に帰らねばならない
。だからもうすぐさようなら。狂ったように紅く紅く燃え上がる太陽が断末魔を上げて地平線に消
え行く。
その時、墓地が薄明るくなった。見渡せば、周囲に握りこぶし位の大きさでぼんやりと光るかた
まりが幾つも浮かんでいた。それらは目線の高さで揺らめき、ゆったりと浮遊している。少女が言
った。
「みんなが帰ってきた。あたしも帰らないといけないの」
少女が、こちらをみて、口許だけで笑った。そして私を指差して言った。
「おねえちゃんも帰ってね」
私は少女の指差した先、自分の身体に目を下ろした。身体越しに地面が見えた。
私の身体は乳白色に透き通っていた。白い靄のかかっているように自分の身体越しに向こう側の
景色が見える。しかも徐々に靄が晴れて自分の身体が透明になってゆくのが見えた。少女がさも愉
快げに声を上げて哄笑した。
「……あなたっ………あなたが死者じゃ……!」
見る間に身体が消えてゆく。少女が微笑を含んだ声で詠うように言った。
「さようなら、『おねえちゃん』。馬鹿なひと! 本当にあたしが死んだ人だと思ったの? あな
たが死んでたのに! 自分が死んだ事にも気付かないなんて! ―――あなたはね、もう随分前に
死んでたの。隣村なんて無い! 林の向こうにあるのは墓地だけ……あなたの死体の埋まってるこ
の墓地だけ!」
少女は腹を抱えて笑った。意識がぼやけてゆく。もう何も見えない。聞こえない。消えゆく最後の
意識を振り絞って、私は訊ねた。
「あなたは………死んでなかったの……」
「だってあたしは生きてる! 生きてるもの!」