六畳一間のアパートで、貴方と暮らせたら私それだけで幸せだったのよ。





















『10 : いかないで』





















家賃の安さだけが取り柄のぼろアパートは、冬になれば凍えそうに寒くて、それでもこの家に暖房は 無かったから、私はいつも震えてた。

でも私、冬は嫌いじゃなかったわ。

貴方と二人、一枚っきりの毛布にくるまって一緒に朝が来るまで肩を寄せ合う、あの時間が好きだっ たから。

家に帰れば貴方がいる、それだけで私は幸せになれるのよ。



「行かないで!」



たったそれだけ、他は何も望まない。

なのに貴方、どうして出て行こうとするの?



「どうしてよ!」



ボストンバックに荷物を詰め込む貴方に、私は必死で縋りついた。









私、貴方の為に一生懸命料理を覚えたわ。

毎日疲れて帰ってくる貴方が少しでも喜んでくれるように。

貴方が肉じゃがを好きだって言うから、私肉じゃがの日はいつもより多めに作ってたのよ。

貴方好みの味を作れるようになるまで三ヶ月もかかった事、貴方知ってたかしら?

知らなかったでしょうね、貴方はいつだって何も言ってくれなかったから。









貴方が働かずに夢を追いかけていても、私は貴方を応援した。

夢に生きてる貴方が好きだった。

仕事を捨てて絵筆を取った貴方の代わりに、次の日から私が働いた。

絵のモデルをする時は、例えどんな場所でも服を脱いでポーズをとるの。

貴方の為ならどんな格好でも受け入れる、何時間でも動かずにいられるわ。本当よ?









そうね。でも貴方、本当に私を見てくれた事一度だって無かった。

私はいつも貴方のことしか考えた無かったのに、貴方は私の事なんて片隅にも思い浮かべてはいなか った。

貴方の目は私を通り抜けて、何処か遠い処に向いていた。

貴方は多分、私の事ただの人形としか見てなかったのね。

私はそれでも、よかったのだけれど。



















でも、だから。

出て行っちゃ嫌よ。

お願いだから、それだけは駄目。















「いやぁ……っ!」



貴方の足元に縋り付いて貴方を引きとめようとする私は、貴方の目に醜いの浅ましいのかしら。

だって貴方は、まるでごみでも見るみたいな目で私を見る。









出て行こうとする貴方にしがみつく私を蹴り上げて、貴方は出て行こうとする。

行ってしまう。









いかないで。









「あいしてるの…」









いかないで。









「あいしてる……!」









独り、泣き喚いて。





私は、貴方の背中を隠してゆく扉を、どうする事もできずただ見送った。